前略、例の部屋。
「……なんですこの部屋は」
「キスをしないと出られない、と書いてあるな」
「冷静に読み上げなくてい……んむっ」
ゼクシオンが言い終わる前にもうそれは実行に移されていた。慌てて引きはがすも、マールーシャは何食わぬ顔で壁際を指さす。
「みろ、ドアがあいている」
「……躊躇いなさすぎますね」
「躊躇う必要があったか?」
「躊躇いなさ過ぎて本当に閉じ込められていたかすら、もはやわからないという……」
「構わんだろう。さあ出ようか」
部屋に閉じ込められた、と思ったらもう出ているという超展開に狐につままれたような気分でゼクシオンはマールーシャの後に続いて扉をくぐった。前を歩く広い背中を見ながら、本当に躊躇いなかったな、とゼクシオンはそっと自分の唇を撫でた。
*
数日後。
ゼクシオンは任務の話をするためにマールーシャの部屋を訪れていた。手短に要件を話し終えると、では、と言ってドアに向かう。「そういえば」と不意にマールーシャが声を上げた。
「この前の部屋のことは何かわかったのか」
ゼクシオンはドアの方を向いたままピタリと立ち止まった。
「何もわかりませんよ。突如現れ突如消えた。それだけです」
「またいつ現れるかわからないということだな」
「勘弁願いたいですね」
「例えばここが」
そういうマールーシャはいつの間にか真後ろまで来ていた。太い腕がドアを押さえつけている。
「またしても条件を満たさないと出られない部屋かもしれない」
ゼクシオンは怪訝な顔をしてマールーシャを振り返った。
「貴方、暇なんですか?」
「仕事の話は終わったはずだ」
ゼクシオンがドアノブを引こうとするも、マールーシャが押さえつけているのでびくともしない。
「前回は躊躇いなさ過ぎてご不満のようだったからな」
そういうとマールーシャは少し身をかがめた。ゼクシオンは“前回”のことを思い出して苦々しくため息をついてからどこか楽しげなマールーシャに向きなおると、背伸びしてちょんとその唇に触れた。
「……妙な遊びにはまらないでくださいよ」
たしなめるように言うとドアにかかった太い腕を押しのけてゼクシオンは扉を開けた。
「ちゃんと相手は選んでいるからな」
「それはどうも」
肩をすくめてゼクシオンは部屋から出ていった。
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今日の116
キスしないと出られない部屋に閉じ込められる。数十秒でクリアし、退出。その後部屋のドアに「〇〇しないと出られません」とメモを貼るのが二人の間で流行る。