031 カップのアイスをはんぶんこ
改札を抜けてマールーシャが駅前の広場に出ると、遠い目線の先にすでに待ち合わせているその相手がいるのが見えた。ショッピングモールの壁に寄りかかって、細い庇(ひさし)の影のしたで陽を避けて佇んでいる。焼かれるような太陽の熱を肌で感じながら、休日でにぎわう駅前広場を縫うように抜けてマールーシャは相手のもとに向かって歩いた。歩き出したばかりなのにすぐに服の下に汗が滲んだ。今年の夏は猛暑になるだろう。だんだんと近付くにつれ、壁に寄りかかる彼の手に何か握られていることに気付いた。
「待たせたか」
並ぶように庇の下に入り込むと、マールーシャはゼクシオンに声をかけた。グレーのポロシャツから伸びる腕は細く、この気温の中でも彼の表情はどこか涼しげだ。
「ちょうど今来たところです……これを買っていたので」
そういうゼクシオンの手の中には、カップに入ったアイスクリーム。見れば、ショッピングモールの入口のところに見慣れないスタンドが立っていた。新しくオープンしたのだろうか、カラフルなポップに彩られ、この暑い中並んでいる人も少なくない。新緑のような淡い緑色のクリームを掬っては黙々と一人食べ進めている。
「今日は暑いからな」
そう言うとマールーシャはゼクシオンの腕をやんわりと取り、スプーンに掬われていたアイスクリームを自分の口へと運んだ。ゼクシオンも特に抵抗なくスプーンを差し出すので、そのままひとくち。口に含んだとたんに甘い香りが鼻を抜け、口の中にも冷たい甘みが広がった。
「何味?」
「ピスタチオ」
「甘いな」
腕を開放すると、また黙々とゼクシオンはアイスクリームを食べ進めた。
「そんな黒い格好で来たら暑いでしょうよ」
ゼクシオンはそう言ってはたはたと服を扇ぐマールーシャをあきれた様子で眺める。黒いシャツに黒いスラックス。確かに気温にしては少し重たいコーディネートだったなとマールーシャ自身思う。
「こんなに暑くなるとは思わなかった」
「天気予報見ないんですか。真夏日って言っていたのに、そんな真っ黒に着こんで」
「それは知らなかったな」
マールーシャは言いながら身を屈めて薄く口を開ける。またアイスクリームをひとさじ掬うと、ゼクシオンはごく自然な手付きでそれをマールーシャの口元へと運んだ。
「まるで、死神みたい」
「……ほう?」
マールーシャはそう言うゼクシオンをじっと見た。
「ありがとう」
「別に褒めてないですけど」
アイスクリームをまた一舐めしてから、ゼクシオンはまたスプーンをマールーシャに向けた。
「……スプーン、もう一つ貰ってきましょうか」
「いや、もうこれで十分」
ごちそうさま、といってマールーシャは背筋を正した。暑い日に冷たいアイスクリームは染み入る美味しさがあるが、それにしては随分と甘すぎた。ゼクシオンも残り少ないアイスクリームをすっかり食べきると、手近なごみ箱に空いたカップとスプーンを投じた。
「じゃあ、行きましょうか」
そうして二人は並んで庇の影を抜け、再び焼かれるような陽の下を歩いて行った。
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今日の116
カップのアイスをはんぶんこ。スプーンをひとつしかくれなかったので交互に食べる。楽しいけど食べにくいので次からふたつくださいって言う。