032 アメリカンブルーを育てる
銀に近い淡い色をした頭髪もさることながら、前髪の下に隠された瞳は海のような深みを帯びた美しい青だった。その両目にじっと見据えられると、欲しくてたまらなくなった。年甲斐もなく稚拙で独占欲にまみれたこの感情は、きっと初めてその目に捉えられた時から――。
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窓辺に置かれた小さな鉢植えには緑の葉が生い茂り、ところどころに小さなつぼみを抱えていた。
「青い花なんて珍しいですね」
ゼクシオンはそう言いながら少し身を屈めて鉢植えを覗き込んだ。ほんのりと薄青く色づいたつぼみが窓から流れ込む風を受けて小さく揺れる。
「朝顔と似てます? この、蔦の感じとか」
「さすが鋭いな、ヒルガオ科の仲間だ」
マールーシャはそう言いながら愛おしそうにその鉢を見下ろした。種から大切に育ててきたものだ。つぼみが花開くのもそう遠くないはずだった。
「咲いたらもっとわかりやすいだろう。日の光のある時間にしか咲かないところもそっくりだ」
「植物に関して色々と詳しいんですね。……それで、渡したいものというのは?」
ゼクシオンがそう切り出すので、マールーシャはああ、といろいろな園芸用品が並んだ雑多な部屋の片隅に足を向けた。彼を呼びつけていたのはこのためだ。
「これを渡そうと思って」
「……苗?」
マールーシャが取り上げた黒いポットに植わった小さな苗を、ゼクシオンはぱちぱちと目を瞬かせて見つめた。
「以前興味があると言っていただろう」
いつだったか、たまたま雑誌の花のページを開いたままにしているのを彼に見られたことがあった。食い入るように見ているので、興味があるかと聞いたら彼は意外にも頷いたのだった。
「……記憶違いだったか?」
「えっ、いえ、間違いないです。……そんなこと、よく覚えていますね」
「覚えているさ」
花に興味を持つ彼を意外に思う反面、共通の趣味ならこれほど嬉しいことはないと思っていた。忘れるはずなどない。
「これはマーガレットの苗だ。マーガレットはわかるだろう。初心者でも簡単に育てられる」
「土いじりが趣味だなんて知りませんでしたよ」
「性に合っているんだろうな。植物の世話は苦じゃない」
「そうなんですか」
苗の植わったポットを袋に入れて手渡すと、ゼクシオンは丁寧に受け取ってそっと覗き込んだ。丁寧な所作に心を奪われそうになる。邪念を振り切るように、花の育て方をいくつか伝えた。と言っても気を付けることと言えば日当たりのいいところで水やりを忘れないようにするくらいのもので簡単だ。器用でまめな彼なら枯らすこともあるまい。
「なぜ僕にくれるんです」
そう尋ねるゼクシオンはどこか訝しげだ。花なんてやり取りするような間柄でもないだろう、とでも言いたげなまなざしに、マールーシャは独り善がりな自分の気持ちを自覚して少しの間口をつぐんだ。
「花が咲いたら見せてほしい」
誤魔化すようにそう一言だけ言うと、ドアに向かう。勝手に呼び出して勝手に花を渡して、独り善がりもいいところだな、といたたまれない気持ちになっていた。ゼクシオンもそれ以上言及することなく素直についてくる。扉を開けて彼を見送るさなか、言葉を探すように視線を漂わせた先に、窓辺の鉢が目に入った。つぼみを付けた、アメリカンブルー。
目の前を通り過ぎようとしたゼクシオンの肩に触れた。驚いたのだろう、身体に力が入ったのがわかる。構わずにマールーシャは少し身を屈めて、細い髪の毛の間から突き出した白い耳に向かって吹き込むように囁いた。
「質問にはその時に答えよう」
これは、自分への決意。彼が開花を教えてくれた時は、自分が窓辺の花を育てている理由を伝えよう。触れそうになった耳が見る間に赤く色づいていくのを見て、自分自身高揚が隠せなかった。
驚いたようにこちらを見返すゼクシオンに、マールーシャも静かに微笑み返した。
*11→(←)6
「005 マーガレット」を、11視点から。
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今日の116
アメリカンブルーを育てることにした。花言葉は「溢れる思い」「二人の絆」。どうしてこの花を選んだのか、まだ言えないままです。花が咲いたら、言ってみようかな?