034 いつもは入らない狭い路地を探検

 駅から自宅へと向かう道を他愛ない話をしながら並んで歩いていた。道路に面した大通りはまだ多くの店が賑わいを見せている。
 隣りを歩いていたゼクシオンが不意に歩調を緩めたので、マールーシャもつられて足を止めた。

「どうした」
「こっちの道、行けそうじゃないですか?」

 そう言いながらゼクシオンは大通りから逸れた横に走る小道を指さした。覗き込むと、細い路地が奥へと真っ直ぐ続いているのが見える。街灯の間隔は広く、大通りと打って変わって静かで暗い道だった。車が一台かろうじて通れる程度の狭い道にはガードレールもない。

「ほう、こんなところに道があったなんて知らなかったな」
「方向的に家がこの先だから、ここの路地を突っ切れたら早いと思うんですけど」

 暗く街灯の少ない細い道を覗き込みながらゼクシオンは言った。

「行ってみましょうよ」
「車が来たら危ないんじゃないか」
「暗いところ、苦手なんですか?」
「お前な……」

 マールーシャが呆れた声を出すと、じゃあ決まり、とゼクシオンは足をそちらに向けた。止める間もなく先へ先へと行ってしまうので、仕方がなくマールーシャもその後ろ姿に続く。

「路地裏ってなんだか冒険心くすぐられますよね」

 そう言いながら先導を切って歩くゼクシオンは確かに楽しげだった。喧騒を離れた路地裏は、大通りから一本外れただけなのに異世界のように違う雰囲気だ。路面店の裏側に挟まれたような冷たいコンクリートブロックに囲まれた通りは、歩みを進めるにつれて住宅街へと変わっていく。一層静まり返った通りを歩くのは確かに新鮮な気分になる。それでも、薄暗さと人通りのなさはあまり治安の良い道とは言いがたい。

「一人で夜歩くにはあまり感心しない道だ」
「意外と心配性なんですね」

 ゼクシオンはそう言ってマールーシャを振り返った。

「僕は暗いところ、嫌いじゃないですよ」

 そう言うとまた前に向き直り、臆する様子もなく暗い道を進んでいった。男らしくて涙が出そうだ、と胸の中で皮肉りながらマールーシャは溜息をついてその背に続く。
 ほどなくして後ろから照らす明かりに気付いてマールーシャが振り返ると、細い道を自動車がゆっくりとこちらに向かって進んできているのが目に入った。ほらいわんこっちゃない。

「ゼクシオン、こっち」

 歩幅を広げてすぐにゼクシオンに追いつくと、道の端に引き寄せて車が通れるように道を広げた。ドライバーは会釈しながら二人のわきを通り過ぎるとそのまま細い道を進んでいった。

「こんな道でも車が通るんだな」

 車の後姿を見送りながらマールーシャは言った。

「……意外と大胆なことしますね」

 小さくつぶやく声に我に返ったマールーシャはゼクシオンに視線を戻した。壁を背に、車から守るような姿勢になってしまったため、ゼクシオンはマールーシャに肩を抱かれたままじっとその腕を見つめていた。

「外ですけど」
「不可抗力だろう」
「……そういうことにしておきましょうか」

 そう言ってゼクシオンはマールーシャを見上げた。ぱちりと目が合うとゼクシオンの手がマールーシャのジャケットを握ったので、引かれるようにマールーシャはそのまま身を屈めてキスをした。外なので、軽く、触れるだけ。

「おい、外だぞ」
「こっちのセリフですよ」
「……もういい、早く帰ろう」

 また前に向き直って家路を急ぐことにした。部屋に着いたら覚えておけよ。
 半歩後ろからはくすっと含み笑う声が聞こえた。

「暗いところは嫌いじゃないですよ」

 


今日の116
いつもは入らない狭い路地を探検。車が来て危なかったから肩を抱き寄せると照れた様子だったので、誰もいないのをいいことに思いっきり路チュー。