035 相手を泣かせないと出られない部屋

 これは詰んでいるかもしれない、とマールーシャは顔には出さずに静かに困っていた。
 ゼクシオンと二人、気が付いたら妙な空間に閉じ込められていた。ドアも窓もなく、完全なる密室。ノーバディとしての能力も封じられているようで、二人は謎めいた部屋の中で立ち往生していた。

「ちょっと、突っ立っていないで何か手掛かりを探したらどうなんですか」

 ゼクシオンはそう声を荒げながらマールーシャを睨みつけた。そうだな、と曖昧に返事をしながらも、たいして広くもないこの空間で出来ることと言えば壁や床に何か仕掛けがないか見て回ることくらいだ。無論、そんなことは最初に済ませている。仕方なくマールーシャはゼクシオンと対の壁際に寄って、何度見ても変わらないのっぺりとした無機質な壁を睨みつけた。

「何かしらヒントはあるはずですから。何か見つけたら教えてくださいよ」
「わかっている」

 壁に向かって答えながらもマールーシャは、ひっそりと自分の手の中に握りしめられた一つの手掛かりをどうしたものかと考えていた。
 紙にはこう書かれている。

 

『ここは相手を泣かせないと出られない部屋です。条件は相手に知られてはいけません』

 

 この部屋を出るための唯一の情報がそこに書かれていたのだ。
 相手を、泣かせる。マールーシャは頭の中で反芻した。本当にこの条件でしか脱出できないのであればとんでもない難易度だ。何せ我々ノーバディには心がない。そしてその相手はよりにもよってNo.6ゼクシオンだ。何かを言ってさめざめと涙を流すようなしおらしさなど持ち合わせているはずがない。感情の昂ぶりによる涙の誘発が不可能となると、気は進まないが少々手荒な真似をせざるを得ないか。

「どうしたんですか、怖い顔して」

 気付くとゼクシオンがすぐ近くまで来ていた。怪訝そうにこちらを見上げているが、その表情は先ほどまでの不機嫌な様子はいくらか和らいでいた。

「もうお手上げです。僕にはなにもわかりません」

 そういいながらゼクシオンは息をついて壁に背を預けてもたれかかった。

「ではヒントをやろう、策士殿」

 マールーシャはゼクシオンを見下ろしながら言葉を選ぶ。

「穏便にこのままここから出られないか、過激な手を使ってここから出るかの二択だ」

 物騒な二択を前にゼクシオンは再び不機嫌そうな表情になってじろりとマールーシャを見上げた。

「動きが悪いと思ったら、やっぱり貴方何か知っていたんですね」

 咎めるような視線をかわすようにマールーシャは肩をすくめる。

「この状況下でまだそれを出し渋っているあたり、僕に知られてはいけない、というのも条件のひとつ……でしょうか」
「冷静な分析力はさすがといっておこうか」
「そうなると、あまり条件を探るのも得策とは言えなさそうですね」

 やれやれとゼクシオンは頭を振った。

「血を見ないと出られない部屋とかはご勘弁願いたいですけど」

 苦々しげにゼクシオンは言いながらもマールーシャを見据え地を踏みしめていた。構えるような姿勢をみるに、穏便に済ませるつもりはさらさらなさそうだ。

「いいですよ。貴方の判断に任せます」
「好戦的な思考は嫌いじゃない」

 マールーシャもにやりと口角を上げると、さてどう料理したものかとその姿を見据える。

 


今日の116
相手を泣かせないと出られない部屋に閉じ込められる。相手に知られてはいけないらしく、何も知らない相手に、相手が傷つくだろうなと思う言葉を選んでぶつける。心が痛くてこっちが泣きそう。