037 二人で宅飲み
「違う」
「僕が男らしくないから都合が良かったんでしょう」
「違うと言っている」
「だったらどうして貴方が僕なんかと付き合ってるんですか!」
ばん、と激しくゼクシオンが机をたたくので、そばに置いていたワインボトルはぐらりと傾いでそのまま横倒しになった。
「貴方なんて、顔もいいし、強いし、能力もあって、相手に不自由なんてしないでしょうに、なんで、なんで僕なんかを……」
「わかったからそろそろ落ち着いてくれ……」
マールーシャは机に突っ伏して尚喚き続けるゼクシオンの手から強引にグラスを奪い取りながら宥めた。
すっかり空になったワインボトルは机の上に転がっているし、グラスはひとつ落として割れてしまっている。普段の落ち着いた様子からは想像もつかない機関の策士様の乱れっぷりにマールーシャはほとほと手を焼いていた。こんなはずではなかった。
夜の時間のちょっとしたスパイスになるかと思って、マールーシャがワインを手土産にゼクシオンの部屋に訪れたのは一時間ほど前。どこでこんなものを?と訝し気に尋ねるゼクシオンの質問は適当に交わして、うまいこと部屋に上がり込んだ。数杯飲んだら適当に切り上げてベッドに誘うつもりだったが、なんてことない顔をして二杯三杯と飲み進めていくので、意外と強いんだな、なんて言いながらどんどん注いでしまったが運の尽き。
ボトルがだいぶ軽くなった頃、ほんのりと色づいた顔をみてそろそろ、と相手の手を取ったところで『どうして僕なんですか』と急にゼクシオンが言い始めた。何のことかわからず適当に流そうとしてしまったのがいけなかったのだろう、その後のやりとりは冒頭へ戻る。
滅多に飲まないワインで悪酔いしたのだろう。ふらつくゼクシオンを抱きとめてそのままあやすように背中を撫でていると、今度は静かに涙なんか流すのだから本当にマールーシャはその扱いに困り果てていた。
「どうせ、僕ばかり好きなんでしょうよ」
しゃくりあげながらゼクシオンはそう言って顔を覆うので、マールーシャはぴくりと眉を上げて咎める。
「それは聞き捨てならんな」
「……じゃあ、好きって言ってくださいよ」
マールーシャの腕の中でやっと落ち着いてきたゼクシオンは、その胸板に寄りかかりながらぼそりとつぶやいた。
「お前、そんなこと言っておいてどうせ明日になったら全部忘れるんだろう」
「ほらまたそうやってはぐらかして!」
癇癪を起してまた暴れ出そうとするゼクシオンを抑え込みながら、マールーシャは溜息をついてこの酔っ払いの耳元に口を寄せる。欲しがっていた言葉を囁くようにして繰り返し説き伏せると、多少は満足したのかゼクシオンはやっと身体の力を抜いた。
「……最初からそう言ってくれたらいいんです」
「そうだな、私が悪かった」
落ち着いたのか、今度は素直にすり寄る酔っ払い越しに、荒れ果てたテーブルとその残骸を眺める。
「お前、人前で酒は飲むなよ」
「? どうしてです?」
「どうしてもだ」
わかったな、と念押しするように問いただすと、しばしゼクシオンは納得のいかない表情をしていたが、やがて手を伸ばして机の上に転がった空のボトルを掴んで大切そうに自分の胸に抱きながら言うのだった。
「いいですよ。貴方がまた相手してくれるのなら」
いたずらっぽく笑うゼクシオンはまるでいつもの様子で、手の上で転がされていたのは自分だったかとマールーシャは一瞬錯覚する。
が、翌日になると当然のように何も覚えていないのであった。
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今日の116
二人で宅飲み。酔った勢いで本音をぶちまける。「好きって言って」なんて、明日になったら恥ずかしいやつ。