038 髪を乾かし合う

 風呂上がり、楽な服に袖を通して濡れた髪をよくタオルで拭いた後、ドライヤーをもってマールーシャはソファに座った。遅れて出てきたゼクシオンが無造作にタオルでわしわしと水気を取っているのをあきれながら眺める。乱暴に拭くと髪が傷むと日々注意しているというのに右から左へと抜けていっているようだ。
 ソファから手招きすると、ゼクシオンは素直にとことことやってきて当たり前のように足の間にすっぽりと納まった。捉えるようにして抱き寄せようとすると、そういうのはもういいですから、と照れた声がした。顔が見えないのが惜しいが、確かにスキンシップはすでに十分堪能した後だ。
 ゼクシオンが定位置に納まったので、マールーシャはドライヤーのスイッチを入れて濡れた髪の毛に温風を当てた。彼の髪の毛を乾かすのは一緒に入浴した後の恒例行事だ。最初はあまりに適当な乾かし方を見かねて手を出したものの、この距離感といいフィット感といい、今ではなくてはならない好きな時間だ。恋人から香るシャンプーの香りがいつもと違って自分の使っているものと同じなのもどこか嬉しいものだ。
 ブラシをあてながら丁寧に乾かしていく間、ゼクシオンもリラックスしているようで、すっかり気を許している様子だった。もたれかかる体重が、体温が、肌に触れて心地よい。
 満遍なく乾いたのを確認してドライヤーのスイッチを切る。さらさらと流れる髪の毛は綺麗に揃っていて満足げにマールーシャが襟足に触れていると、ふと首の後ろに赤い跡を見付けてしまった。見えない位置を狙ったはずだったが、ぎりぎり服に隠れなかったようだ。見えるところに跡を残したことが知れたら怒られるだろうが、この位置なら自己申告しない限り見付かることもないだろうから黙っておこう、などととこっそり考える。

「交代しますよ」

 珍しくそういうとゼクシオンが振り返った。まだ風呂上がりの余韻を残した柔らかい肌がほんのりと赤く色づいている。

「私は量が多いから時間がかかるぞ」
「やりたいです」
 そういうゼクシオンは楽しそうに言う。
「ストレートにして差し上げますよ」
「それは楽しみだ」

 そう笑って立ちあがるとマールーシャは場所を交代する。ソファの下に座り、ゼクシオンが代わりにソファの上を陣取った。
 細い指先が丁寧に髪の毛を梳きながら乾かしてくれる。ああ、これは気持ちがいい、といつもは乾かす側に徹するマールーシャも瞬時に夢中になった。撫でられているような感触は安心する心地よさがあった。彼と過ごす時間はどうしてこんなにも満たされるんだろうとついまじめに考えてしまう。乾いていくそばから順調に跳ねていく毛先に奮闘している様子のゼクシオンも可愛い。

「曲者ですね」
「癖毛だけに」
「すみません、ドライヤーで聞こえませんでした」

 そうしてしばらくの間格闘を繰り広げていたが、ついに諦めたようにゼクシオンはドライヤーを下ろした。

「完敗です。強靭な癖毛でした」
「私の癖毛を舐めない方がいい」
「髪はずっと伸ばしているんですか?」
「これ以上長くはしないつもりだが」

 ふうん、といいながらゼクシオンは丸まった毛先をくるくると指先に巻き付けて遊んでいる様子だ。ストレートを目指す試みはもはや忘れたらしい。

「長いのは嫌いか?」
「そうじゃなくて……夏は暑そうだなと」
 こんどは肩にかかる髪をまとめてポニーテールのように上の方で束ねながらゼクシオンは言った。
「今年の夏は短くしようか」
「へえ、楽しみです」

 ゼクシオンはそう言いながらまとめていた髪の毛を解くと、ふわふわになった優しい色の髪の毛にそっと指を通した。

「癖毛も嫌いじゃないですよ」

 一定のリズムで頭を撫でる心地よさに、いつしかマールーシャはまどろみかけていた。それもそのはず、時刻は間もなく深夜三時だ。風呂に入った時間がそもそも遅かったので仕方あるまい。幸いにも明日は休日。二人で昼まで寝過ごしても何の問題もないだろう。
 うわ、寝てるんですか、という声が上から降ってきた。こしょこしょと鼻頭をくすぐられるので眉間に皺を寄せるとくすくすと笑い声が聞こえた。

 

没案
「強靭な癖毛でした」
「凶刃なだけに」
(?????????)


今日の116
髪を乾かし合う。乾いてもずっと髪を触ってくるので大人しくじっとしていたら眠くなってきて、一瞬居眠りをしたら笑われた。