041 久しぶりに電話をする
そういうマールーシャの声は、スピーカーを通しているせいかいつもよりも深みを帯びて聞こえた。スマートフォンを押さえつけるようにしてゼクシオンはスピーカーを耳に押し当て、久しぶりに聞くその声に神経を集中させた。遠方に出張へでているマールーシャとの久しぶりの電話だ。
「全然連絡なかったですけど、忙しかったんですか?」
連絡するよと言ったのに、無事着いたと初日にメールがあったきりぱったりと連絡が途絶えていた。忙しいのならばとこちらからの連絡は控えていたが、やっと連絡が来たと思ったらもう帰る報告。会えるのは嬉しいが、少し寂しかった、なんてゼクシオンは胸の内の不満をほんの少し露わにした。電話する約束をしていたのに。
「寂しがらせたか、すまなかった」
「別に、そんなんじゃ」
見透かしたような質問にはつい虚勢を張ってしまう。悪い癖だ。
「明日、何時に戻るんです」
「十五時には駅についていると思う」
「十五時ですか」
反芻しながら瞬時に脳内で明日のスケジュールを思い浮かべた。午後の講義の重要性についてわずか数秒の協議が行われた結果……
「……駅まで行きます」
「え、授業は?」
「休講です」
「本当に?」
「さあ」
「悪い子だ」
素知らぬふりをして嘯くと、電話の向こうでくつくつと笑い声が起こった。スピーカー越しの声がこそばゆい。目を細めているんだろう。声は近いのに、手に届かないその距離がもどかしくてたまらない。
「いい子の間違いでしょう、出張帰りの恋人を迎えに行くなんて」
「違いないな」
その単語を口にするのはほんの少しだけ緊張したけれど、マールーシャは素直に喜んでいる様子だった。声を聴いただけで、今相手がどんな表情をしているかが簡単に脳裏に浮かぶ。
「早く、会いたい」
そう口にしたのはどちらが先だっただろうか。
早くその姿を、声を直に感じたいと思うと、スマートフォンを握る手に力がこもった。
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今日の116
久しぶりに電話をする。電話越しの声がいつもと違うように聞こえてどきどきする。