043 リビングで寝落ちているのを発見

 年度末で多忙を極めていた恋人が、なんとか落ち着く見通しがついたのでと久しぶりに自宅に誘ってくれた。待ち合わせの取り決めを電話でやり取りして、じゃあ週末に、と電話を切った後、ゼクシオンは自室のベッドで寝転びながらぐぅ、と声を殺して身悶えた。ようやく、ようやくだ。
 確かに年度末は忙しい。自分も怒涛の期末レポートと試験に追われていたし、それらがようやく終わったと思った頃には今度はマールーシャが仕事に忙殺されていた。連絡すらままならない日々の中で虚しく時間が消費されていく。
 春休みは恋人とのんびり過ごしたいというささやかな目論見は砕け散っていったかのように思われたものだったが、ようやく相手からの連絡が来て、しかも、泊まりに来ないかとのお誘いだ。もちろん二つ返事で了承した。電話越しの声にまで疲労感が漂っていたが、久しぶりに会う約束をする時は少しマールーシャの声も明るくなったようだった。
 電話を切った後も久しぶりに過ごす二人の夜の時間を妄想したりして、その日は遅くまで寝付けなかった。

 

 そうして待ちに待った週末。家に向かう前に食事は済ませることにして、駅の近くの店に二人で入った。
 久しぶりに会うマールーシャは多忙のせいか少しやつれて見えなくもなかったが、仕事が一段落したからか、はたまた久しぶりに会うせいか、機嫌よく食事の際にワインを頼んだりもしてリラックスしている様子だった。

「仕事、年度末はこんなに忙しいんですね」
「今年は色々とタイミングが重なってしまってな。せっかく春休みだったのに、どこにも行けなくて悪かった」
「それはいいんですけど」

 話しながらマールーシャがワインを勧めるが、眠くなってしまうと困るので断る。今夜は夜更かししたい気分なのだ。

「……家で過ごすの、好きだから」

 どちらかといえば、あちこち出掛けるよりは家でゆっくり過ごすのが好きな質なのでそれは構わないのだとゼクシオンは話した。グラスを傾けていたマールーシャがすうっと目を細めるので、なんだか照れてしまう。どう受け止められたのかわからないが、マールーシャは空になったグラスを置くと、「今日は、まっすぐ帰ろうか」などと耳打ちをするのだった。

 

 二人でマールーシャの部屋に帰宅すると、荷物を乱雑に置いてマールーシャはリビングのソファに飛び込まんばかりの勢いで沈み込んだ。やはり仕事の疲れがたまっているのだろう、クッションに埋もれながら呻くように四肢を投げ出していた。

「先にお風呂、借りますね」

 そわそわしながらゼクシオンは、ソファで撃沈しているマールーシャの背中に声をかけた。いってらっしゃい、とソファ越しに手を振るマールーシャを残して風呂支度をする。
 此処は彼の家だけど、急な来訪でも数日間不自由なく過ごせるくらいには自分の持ち物が増えていた。慣れた手つきでタオルと着替えを棚から取り出しながら、もしも一緒に住んでいたのならば毎日こういう生活が……などとまた妄想に火が付く。一緒に住んでいれば、彼が忙しくても家で待っていれば会えるし、時間がある自分なら食事なり風呂なりの支度をして仕事帰りの彼を労ることができるのに。
 熱いシャワーに打たれながらそんな生活を考えているとつい時間が経つのを忘れて長居していた。隅々まで念入りに身体を清め、準備を整えてからバスルームを出た。
 まさか寝てしまっただろうかと思い静まり返った居間を覗くと、果たしてマールーシャは眠りこけていた。転寝うたたねだろうとゼクシオンは近寄ってそっと肩を揺すりながら甘い声で呼びかける。

「長くなってすみません、出ましたよ」

 マールーシャから返事はなく、顔を埋めたクッションの隙間からはぐう、と深い寝息が聞こえる。

「もう、こんなところで寝たら風邪ひきますよ。部屋、行きましょう」

 恋人の堕落した様子もまた微笑ましい、なと再度肩を揺するが、返事はない。力の抜けた腕が重たくだらりとソファから垂れさがっている。

「え? ちょっと、本気で寝たんですか? は??」

 甘い雰囲気はどこへやら、肩を掴んで起こそうとするも、脱力しきった身体はがんとして聞かず、声をかけてもかえってくるのはいびきのみ。
 はっとした。レストランでたのんだハーフボトルのワイン。自分が断ったのでマールーシャは一人でボトルを開けていた。疲れに染み入る、などと機嫌よくグラスを空けていくのを傍観していたが、今やそのせいで泥のように眠りこけている。しまった、と思ってももう後の祭りだった。
 準備万端で出てきたところだったのでゼクシオンはがっくりとうなだれた。せっかく久しぶりに泊りだと思ったのに。ほんの少し恨みがましい気持ちで、すっかり寝入っているマールーシャの髪の毛を掻き上げて伏せられた顔を覗き込んだ。長い睫毛に縁どられた眼はしっかりと閉じられて朝まで開きそうにない。よく見れば、目の下には隈が濃く浮かび上がっている。意外と外では気付かなかったな、とゼクシオンは見入った。きっと今日の時間を作るのに、時間を切り詰めて仕事に励んでくれたに違いない。
 ふう、と息をついてゼクシオンは安らかに寝ている恋人を眺めた。
 幸い明日は一日休みだ。たっぷりと相手をしてもらうのは明日の朝からでも遅くはないだろう。

「ほら、せめてベッドに行きますよ」

 抱き起そうと試みるも、相手は自分よりも一回りは優に大きい。脱力しきった腕を抱えるだけでも重労働だ。
 困り切っていると、不意にマールーシャが目を開けた。あ、という間もなく、伸びてきた腕に捉えられて一緒になってソファに沈み込む。

「ちょっと……」

 慌てて腕の中でもがくも、マールーシャは寝ぼけた声を出しながらぽんぽんとゼクシオンの頭を撫でた。そうしてそのまま再び脱力していった。
 完全に動きを封じられてしまったが、アルコールの巡った身体は熱くて、まあ布団代わりにちょうどいいか、とゼクシオンは脱出をあきらめる。自分にのしかかる体重が少し苦しくて、少し嬉しい。全身で恋人を感じながら眠るのもまたいいだろう。
 ゼクシオンはマールーシャの呼吸に合わせるようにして、温かい体温に寄り添いながら自身も深い眠りに落ちていく。

 


今日の116
リビングで寝落ちているのを発見。ベッドまで運んであげようと腕に触れたら起こしてしまった。「ベッドで寝よう」と声を掛けるとゔ〜んとか言って抱き着かれた。甘えんぼさんめ。