044 将来住みたい家について話し合う
マールーシャの自宅にある黒い革張りのソファは、おしゃれだけど二人で並ぶには少し狭い。身を寄せ合うようにして座るその密着感をゼクシオンは嫌いではなかったが、もう少しゆとりのあるものに買い替えたいとマールーシャは最近になってよくこぼしていた。
「僕、いります?」
「もちろん」
マールーシャは当然のように即答した。
「色を選んで欲しいと思って」
「僕センスないですよ」
「構わない。好きなのを選んでくれればいい」
重大な任務だ、とゼクシオンが唸るのをみてマールーシャは楽しそうに笑った。
服でも本でも小物でも、買い物に付き合うのは好きだ。自分にはないセンスを目の当たりにして、また少し相手のことを知った気になれるからだ。マールーシャの感性が選ぶものを隣で見ているのは楽しい。
広々とした空間にずらりと並んだ色とりどりのソファを、時間をかけて二人でみて歩く。
「なにか外せないポイントとかあるんですか」
「肘掛けがついているほうがいいな」
マールーシャの好みを聞きながら、部屋のイメージに合うものをゼクシオンは自分なりに想像力を働かせてたくさんのソファを比べて回った。マールーシャ自身はソファよりも、真剣な様子で考えを巡らせているゼクシオンを眺めているばかりなのだが、それには気付いていない。
「これ、背もたれが倒せてベッドにもなるんですって。こっちは座るところのクッションが取り外せて、カバーも全部外して洗濯できるみたいですよ」
自分が買うならこういうのがいい、と思うものにまず目星をつけてゼクシオンはいくつかのソファを指さした。うんうん、と頷きながらマールーシャは一つずつ見て回り、触ったり座ったりしていた。
「実用的な目線からものを選ぶんだな」
「だから、美的センスはないんですって」
苦笑するゼクシオンに、いや、いいんだ、とマールーシャは目を細めた。
「どうやって選ぶのか見るのは楽しいからな」
自分が考えていたことと同じようなことをマールーシャが口にするのでゼクシオンはどきりとした。
「どうせなら大きいのにしよう。二人で並んでも余裕があって、いっそそのまま横になれるようなサイズで」
「よく寝落ちしてますものね……」
ゼクシオンは呆れて言う。そういえばこだわりの肘掛けも、クッションを置いて枕の役割を担っていたことを思いだした。
「でも、今のものより大きいのにすると、少し部屋が狭くなるんじゃないですか」
「どうせ買うならゆとりがあったほうがいい。……引っ越しもそのうちしたいと思っているし」
「えっ、そうなんですか?」
驚いてゼクシオンはマールーシャを見た。引っ越しを考えているなんて初耳だった。
「今の家、気に入ってるって」
「気に入っているけど、もう少し広くてもいいだろうと」
「そうなんですか……」
急な事実は衝撃的で、烏滸がましくもゼクシオンはほんの少しだけショックに感じた。
一緒に過ごす時間の多くを、今のマールーシャの部屋で過ごしていた。交通の便もよく、明るくて新しいマンションのその部屋をゼクシオンも気に入っていた。決して狭いなどと感じたことはなく、色々な思い入れがあるのに、とまだ決まってもいないのにあの部屋を出ることを思うと寂しく感じてしまう。
「今の部屋が不満なわけではない」
押し黙ってしまったゼクシオンの心情を読み取ったようにマールーシャは言った。
「お前にも思い入れがあるのはわかっている。それでも、やっぱり少し手狭だろう……二人で過ごすのには」
言葉を選ぶようにしてマールーシャが言うので、ゼクシオンははっとして顔を上げた。
マールーシャは手近なソファの背に手を置いて、ソファを見たまま続ける。
「窓が大きくて明るいリビングがいい。天井の高いその部屋にはお前が選んだソファがあって」
「寝室ももう少し広ければ、ベッドも大きいのに変えて」
「そんな部屋に住みたいと思ったんだ」
「いつか、二人で」
マールーシャの言わんとするところをやっと理解したゼクシオンは、すっかり照れてしまって俯いてしまう。今の関係が気楽で楽しいから、彼との未来を漠然としか考えたことがなかった。その一方で、マールーシャは真剣に先を見据えていてくれていた事実を知って、ゼクシオンは何も言えなかった。色々な感情が自分の中で錯綜して、耳が熱い。こういうところで差が出るな、とゼクシオンは年上の恋人を密かに敬う。
どうだ、とマールーシャがのぞき込むのに、まあ、いつか、と赤面を見られないように言うのがゼクシオンの今の精一杯だった。
「ついでにベッドも見ていくか?」
ふざけ半分でそういうマールーシャの顔が見れなくて、ゼクシオンは俯いたまま肘で軽くこづいた。
あらかた見て回り、購入の目処が立ったので二人で家具屋を後にする。
自分の選んだ家具が置いてあるリビングを想像すると、言葉にできない熱い気持ちがこみ上げるのだった。
*ベッドは見て帰った。
—
今日の116
将来住みたい家について話し合う。大きな窓があって、ソファの置けるリビングがあるといいね。ダブルベッドが置ける寝室も。夢が広がります。