045 こっそり手を繋いでみる
「……そろそろ戻らないと」
この提案も四度目になる。言葉とは裏腹に、ゼクシオンは体重をかけて隣りの分厚い身体に寄りかかった。
「そうだな」
寄りかかられたマールーシャは肯定しながらも、「あと少し」とこれまた四度目の延長を申し入れた。伸びてきた左腕が抱くように髪の毛を撫でるのを振り払えなくて、ゼクシオンはされるがまま俯いた。目線を落とすと、机の上で重なり合った手と手の指の太さの違いに気付く。
忘却の城の地上と地下とでそれぞれの指揮を執る二人の本当の仲は、誰も知らない。表立って行動を共にすることもなく、自由な時間というものも無いに等しい中、僅かな時間を見付けては人目を忍んで触れ合う。恋仲と言えど二人の時間などその程度だ。
ようやく得られた貴重な時間も時計の針は容赦なく進む。名残惜しさに絡めた指先に力を込めた。手袋は外していた。体温を直に味わっていたかった。
「……でも、本当にもう戻らないと。すぐに戻るといったのに、もうこんな時間」
「確かに、保護者が探しにきたら厄介だな」
「保護者じゃないですから」
不満げな声を上げながらゼクシオンは、ぐり、と頭をマールーシャの胸に押し付けた。よく知った、花のような香りがした。深く息を吸い、またため息のように吐いた。得たばかりなのに、満ち足りない。まだこうしていたかった。
「貴方こそ、お仲間が心配してるんじゃないですか」
「させておけばいい。探しにまでは来ないだろうし、それに……」
マールーシャは言いながら手を優しく握り返した。
「こうも熱烈に引き止められてはな」
指の腹が優しく手の甲を撫でた。大きな手は熱くゼクシオンの手を包み込んだ。あたたかい手の温もりにほうと息が漏れる。
「僕のせいにしないでくださいよ」
強がって見せるが、目を合わせられないのはきっと本心を見抜かれているから。
そっとマールーシャが手の力を抜いたので、あわせるようにようやく指を解く。残った体温を閉じ込めるように、冷たくて硬い手袋をすぐに手にはめた。
立ちあがると衣服の乱れがないか確認して服についた汚れを払った。どんな言い訳をしたらこんなにも埃塗れになることが正当化されるだろうか?まさかその辺に脱ぎ散らかしていたからだとは口が裂けても言えまい。
いつのまにか暗く寂しい部屋に一人佇んでいることに気付くと、のろのろと頭を働かせてゼクシオンは、曰く保護者二名に提言する言い訳を考えながら出口に向かった。
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今日の116
誰も見ていないところでこっそり手を繋いでみるが照れくさくて目が合わせられない。