047 雪が降って大はしゃぎ
雪山には獰猛なハートレスが潜伏している可能性があるため、戦闘要員としてマールーシャはゼクシオンのバックアップをするためにタッグを組んで任務にあたっていた。幸い大きな戦闘にもつれ込むこともなく、手早く一帯の調査を終えると任務完了とゼクシオンは判断を下した。
「気候は不安定ですね。今は落ち着いていますけど、この辺りの積雪を見るに頻繁に降るのでしょう。敵は確認できる限りは並みの強さといったところでしょうか」
「山の下の方に街があるようだがそっちは行かなくていいのか」
「民家に用はありません。僕らの任務はこの雪山の調査ですから……ほら、帰還しますよ。凍えてしまいます」
崖の下を覗き込むマールーシャに構わずゼクシオンは背を向けて歩いていった。何とも寒い気候だ。マールーシャが振り返ってみると、細身のゼクシオンはさらに身体を縮こまらせて寒さに耐えているようだ。
「……今日はやけに早く任務が完了したと思ったが、まさか寒くて早く帰りたいがために?」
「無駄口叩いてる暇あったら回廊を出してくれませんか」
図星なのか寒さゆえか、不機嫌そうにゼクシオンは言いながら手を擦り合わせた。
「そんなほそっこい身体をしているからだ。もっと身体を作ってはどうだ」
「脳筋は黙っていてください」
むっとしてマールーシャが見やると、ゼクシオンが回廊を出そうと宙に手をかざしているところだった。
ほんの出来心で、マールーシャは足元のまだ誰も触れた跡のない新雪を掬い取ると、細い背中に向かって軽く放った。
「へぁっ!?」
「え」
予想だにしない声が上がってマールーシャも固まる。雪玉は思ったよりも高い位置に飛んでいき、ゼクシオンの首の後ろに当たったようだ。剥き出しのうなじからコートの下にまで雪が入り込んだらしく、見悶えるようにしてゼクシオンは震えあがったのち、氷点下の怒りを湛えてゆっくりと振り向く。
「……何の真似です……」
「あー……すまなかった。背中を狙ったつもりだったのだが、思ったよりも背が低かったようだ」
「なんですって……?!」
一転して見る間に顔を赤くしながらゼクシオンは雪を踏みしめてマールーシャを睨みつけた。怒りで放出された魔力が、パキパキと音を立てながら辺りの雪を凍らせていく。
「おい待て、魔法は卑怯だ」
「先に手を出してきたのはそちらでしょう」
そういうゼクシオンの表情は再び凍てつく鋭さをもってマールーシャを見据えていた。
まさかここからが任務本番とはな、と思いながらマールーシャも手に鎌を現す。
絶対零度の戦いの火蓋が今、切って落とされる――
*
「……雨にでも降られたのか」
闇の回廊から降り立った二人が滴るほど全身ずぶ濡れなのを見てサイクスは首を傾げた。
「つい雪合戦が白熱して」
サイクスが睨むのも構わずマールーシャは楽しげに言った。
「ええっなにその任務、俺も行きたかった!」
「お前は報告書が先だデミックス」
「僕は部屋に帰らせてもらいます」
「ゼクシオン私の部屋に寄っていけ。風呂に浸かったほうがいい」
すっかり冷え切って蝋より白い顔をしているゼクシオンの肩を抱くとマールーシャは優しくエスコートするように歩いた。寒さに抵抗力もないのかゼクシオンは引かれるままマールーシャについていく。
雪が積もったらチーム対抗雪合戦しようぜー、と盛り上がっているデミックスを尻目に、アクセルは廊下の先に消えていく二人の影をみてぼんやりと思うのだった。
(なんで風呂入るのにマールーシャの部屋に行くんだ……?)
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今日の116
雪が降って大はしゃぎ。雪合戦が白熱して全身びしょ濡れ。ああ、楽しかった。お風呂に入ったらコタツでアイスでも食べようかな。