050 リビングで寝落ちているのを発見2

「……寝ているのか?」

 声をかけてしまってから、その声の大きさにしまった、とマールーシャは思わず口を覆った。しかし机の上に突っ伏したゼクシオンは反応を見せず、静かに寝息を立てているばかりだ。枕代わりの腕の下には古びた書物が開かれていて、そのわきには羊皮紙と付けペンが無造作に置かれたままになっている。作業をしながら居眠りをしてしまったようだ。

 ゼクシオンを探すなら書庫から、というのは機関内では常識だ。私室と食堂にいなければまず間違いなく本のある所に彼はいた。この日もまた然り。本棚の間を縫うようにしてその姿を探していたマールーシャは、部屋の隅にある申し訳程度の作業机のところに目的の人物がいるのを認めることができた。ただし、今日は随分とお疲れのご様子である。
 空いたままになっているインクの蓋を注意深く閉めてから、マールーシャは眉間に皺を寄せて機関の誇る策士の研究レポートを覗き込んだ。走り書きの文字は実に難解である。文字が読めたとしても小難しい研究内容には露ほども興味をそそられないのだが、散らばるそれらを軽くまとめると机のわきに押しやって寝ているその表情を眺めた。
 部屋に連れ帰ってベッドに寝かせたほうがいいのだろうが、珍しく安らかに眠っている様子をみるに、今起こしてしまうのもどこか躊躇われた。誰もいないのをいいことに、マールーシャはゼクシオンの流れるような髪の毛に指を通す。前髪の下に隠された碧眼を暴きたい衝動に駆られる――が、それはまたの機会にしよう、このあどけない寝顔に免じて。
 近くをダスクが通りかかったのを見付けると、マールーシャは手招いて呼びつけた。

 

 

「……ん、あれ」

 はっとして目を覚ましたゼクシオンは机から体を起こした。少しうとうとしていたと思ったら、つい眠りこけていたようだ。顔に跡なんてついていないだろうか、と指先で頬を撫でると、するりと肩から何かが滑り落ちた。見ると、ブランケットが落ちている。親切にも寝ている間に誰かが掛けてくれたようだ。心もないのにそんなもの好きがいるだろうか。
 更には、机の上の配置が眠る前と変わっていることに気が付く。片付けなんてせず作業途中のまま寝入ってしまったはずだが、机上は整然としていた。

 これらが誰の仕業なのかは、机の空いたスペースに置かれたそれを見れば一目瞭然だった。古びた書庫には似つかわしくない赤い薔薇が、静かにそこで存在を主張していた。

 


今日の116
リビングで寝落ちているのを発見。ほんとはベッドで寝たほうがいいんだけど、もうちょっと寝かせてあげよう。風邪を引かないようにブランケットをかけておく。今日もおつかれさま。