052 ソファで居眠りをしているのを発見

「寝たんですか?」

 気配が薄くなったと思ってゼクシオンが振り向くと、ベッドの上に寝転んでいるマールーシャは静かに瞼を閉じていた。
 急な来訪に部屋に通したはいいものの、途中にしている研究作業が手が離せないので適当に待たせていたのだが、こっちが作業に没頭しているうちに暇を持て余して眠ってしまったらしかった。
 机に向かっていたゼクシオンはペンを置くと、音を立てないように立ちあがりそっとそばに近寄ってマールーシャを覗き込んだ。生きているのか心配になるくらい静かで、微動だにしない。手袋を外し、そっと口元に手を伸ばすと、静かながらに呼吸をしているのがわかって安堵する。

「……ちょっと警戒心、無さすぎじゃないですか」

 ゼクシオンは小さな声で呟いた。普段一切の隙を見せない彼が、こんなところでその寝顔を晒すなんて意外だった。一晩を共にしても彼の寝顔などそう拝めたものではないのに。
 ブランケットを雑にかけてから、何を思うでもなくゼクシオンはそのまま指でそっとマールーシャの唇に触れた。柔らかくて、ほのかにあたたかい。血色のいい唇は彼を取り巻く花弁のように健康的に色づいている。ふにふにと繰り返しその弾力を指で感じていても、マールーシャは目を閉じたままだ。
 かがみこんでその静かな寝顔を近くから見つめた。きめの細かい肌、長い睫毛は女性的にも思える。逞しい男性とは思えない甘い香りに脳髄が痺れかけた。蝶が花の香に引き寄せられるように、ゼクシオンは更に顔を寄せる。

 触れそうなくらいまで近づいたときだった。急に伸びてきた腕にがっちりと手首を掴まれたのは。

 予備動作なんてなかった。あっ、と声も上がらぬ間に続けざまにもう一方の腕が胴体に巻き付き、ゼクシオンは引きずり込まれるようにマールーシャの上に倒れ掛かった。見ると、細く開いた目から見慣れた青がこちらをしっかりと捉えている。

「少し警戒心が足りないのではないか? 策士よ」
「ぐっ……!!」

 じたばたともがけど力では到底かなわないことは明白。あっというまに形勢逆転、ベッドに抑え込まれているのはゼクシオンの方だった。こちらを見下ろすその表情は、してやったりと実に愉快そうだ。

「起きてたんですか……感じ悪い」
「目を閉じているだけで欲情するとは思わなかった」

 マールーシャはそう言ってゼクシオンの前髪を払った。視界が開けた、と思う間もなくそこに映るのはくすんだ桃色一色に染め上げられる。
 花の香? とんでもない。
 とんだ蜘蛛の巣に引っかかったものだとゼクシオンは思いながらも、迫る毒牙をそのまま受け入れる気になっている。

 


今日の116
ソファで居眠りをしているのを発見。ブランケットをかけてやり寝顔を観察。唇が薄く開いている。警戒心ゼロ。いたずらされても知らないよ。