053 唐揚げを作ってみた
「いい匂い」
まだ揚げ始めてもいないのに、作業をしているマールーシャの後ろからゼクシオンが覗き込んだ。たっぷり時間をおいて下味をつけた肉に衣をつけているところだった。
「お弁当のおかずランキング二位らしいですよ、唐揚げ」
「一位は?」
「卵焼き」
「間違いないな」
そういいながらマールーシャは、もう完成して皿の上で熱を冷ましている自作の卵焼きをちらと見た。こちらもなかなか上出来だ。出汁巻きもいいけれど、砂糖を少し入れた甘い卵焼きを彼が好むのを知っていたから、そのように作った。切り落とした端っこをつまみ食いしていた横顔を見るに、どうやらお気に召していただけたらしい。
楽しみです、と機嫌よく言いながらゼクシオンも自分の作業に戻った。彼の方の皿には、ずらりと並んだおむすび。明太子が入ったものと、塩だけでむすんだシンプルなものの二種類。二人分にしてはやや多い気もするな、と思いながらも、たまの遠出が決まると二人してどこか浮足立って作業の手が止まらなかった。
十分に油が温まったのを確認してから、衣をつけた肉をどんどん揚げていった。衣のはじける小気味いい音と、キッチンに香ばしい香りが広がった。
「味見係、承ります」
「……さっき卵焼き食べただろ」
「あれ、見てたんですか。いやだな」
ゼクシオンはまた作業を中断して隣まで来ていた。揚げたての唐揚げに目を奪われているので、小さいものを二つ皿にとって献上すると、年相応にはしゃいでみせるのがほほえましい。
「そっちは終わった?」
「まあ、あらかた。不格好だからあまり見ないでくださいよ」
苦笑するゼクシオンに構わずおむすびを見る。白米がピカピカ光っていて神聖に見えた。少し不揃いなところも味があって好ましかった。素直にそう伝えてもゼクシオンは苦笑するばかりだ。
「苦手なんですよ、なにかを形にするのって。貴方が作ってくれたらよかったのに」
「そんな不公平な話があるか」
今度はマールーシャが苦笑いを浮かべた。
出来上がった唐揚げの熱を冷ます間にサラダを仕上げてしまえば、準備はほぼ完了だ。
「晴れてよかったですね。今日、満開ですって」
桜の開花予報を見てゼクシオンは微笑んだ。うなずいてから、なんとなくつられるように窓の外を見る。まだ早い時間だけれど、外は快晴で穏やかな春の日差しが部屋をあたためていた。
もう少ししたら出来上がったおかずを詰めて、おむすびも包んで、桜を見に出掛けるのだ。花見がメインといえるのか疑わしい量になってしまったが、きっと外で食べる弁当は格別に違いない。殊更、二人一緒なら。
楽しみです、と窓の外を見たままゼクシオンがまた笑った。
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今日の116
唐揚げを作ってみた。揚げる前からいい匂いで涎が出そう。油がはねないように気をつけて。味見はひとり二個までね。