056 クリスマスローズを育てる

 恋人は頻繁に花を贈ってくれた。
 特別なことがなくても、店先の花が美しかったからだとか、急に部屋に飾りたくなったからだとか、果ては似合うと思ったから、なんて、理由も多岐にわたっていたので、はて次はどんな手でくるものだろうかと彼の帰宅のたびに身構えてしまうほどだった。

 夕方、日が落ちて暗くなってきたころに家中の植物に水やりを終えてゼクシオンは部屋を見渡した。一緒に暮らす部屋に少しずつ緑が増えてきていた。日当たりのいい窓辺には肉厚な葉がつやつやとした多肉植物が並んでいたし、キッチンとダイニングテーブルの間にあるカウンターには季節の花が絶えなかった。ベランダにも大きな鉢がいくつかあるし、最近育て始めた野菜のプランターも多く場所を占めている。朝は早起きの彼が自ら世話をしていた。まめに手をかけられて、植物たちはみなすくすくと育っている。
 ガチャガチャと鍵のまわる音がしたので、如雨露をもったままゼクシオンは玄関に向かった。帰宅したマールーシャの手に握られたものを見て、ゼクシオンは思わず失笑した。

「また買ってきたんですか」
「そう、蕾があまりにも見事だったから」

 “蕾が見事”。新しいパターンだな、とゼクシオンは思う。愛おしそうに腕の中の切り花を見つめてから、マールーシャはゼクシオンにそれを渡した。丸く膨らんだ蕾がいくつもある中で、小さな白い花が気恥ずかしそうに顔をのぞかせていた。

「いつのまにかクリスマスローズの季節だ。店先にたくさんあって、一番いいものを選んだ」
「ローズ? 全然薔薇に似てませんね」

 ゼクシオンはそう言ってしげしげと手の中の花を見つめた。しっかりとした輪郭の濃い花弁は枚数も少なく、顔を近づけても香りはしなかった。華やかな名前に対して慎ましやかな印象だ。

「寒い時期に咲くからそう呼ばれる。和名は寒芍薬という」
「ああ、そっちのほうが腑に落ちます」

 コートを脱ぎながらマールーシャは花とゼクシオンを一緒に温かい目で眺めていた。

「カウンターのところに置いてくれ。よく見えるだろう」

 ゼクシオンはうなずいてから、如雨露を片付けてシンクの横に干していたガラスの花瓶を手に取った。今朝まで違う花が活けてあったが、美しく散っていったのでまた次の出番を待っているところだった。そう、花瓶を洗いながら、なんとなく彼が今日新たな仲間を迎え入れる予感は薄々していたのだった。

 一緒に暮らすようになる前も花好きの彼の真似事のように切り花を買ってみたりしたが、気まぐれの範疇を超えることはなかった。
 日常を彩る緑がいつしか当たり前になっていたことに、彼の影響を感じずにはいられない。

「貴方といると、花が絶えない」

 カウンターに置かれたクリスマスローズに目を向けたまま、ゼクシオンは言った。

 


今日の116
クリスマスローズを育てることにした。花言葉は「追憶」「私を忘れないで」。思い出は大事にとっておきましょう。別れは突然訪れるものですから。