058 怖い夢をみる
自分の目指すものしか見えなくて、がむしゃらに前を向いて道を切り開いていたあの頃。仲間を仲間とも思わず、自分のために使えるものは何でも利用した。
目が眩むほどの花弁が吹き乱れている。どこからこんなに花が、と思ったのは束の間、散っているのは自分の身体だと気付いた。何かを求め空を掴もうとも腕の感覚が徐々になくなっていく。一人、消えていく。こんなところで終わらせるつもりはないというのに。
もがく一方でこの結末を受け入れている自分もいた。老いて枯れるより、美しいまま散っていく方が性に合っている気もした。
走馬灯だろうか、脳裏に人影が揺らめく。すっかり散り尽くしてしまった自分はもうそれが誰だかわからない。君のそばにいたかったのに、守ることができなかった。もう、溶ける意識に身を任せることしかできない。
そこで目が覚めた。蒸し暑い夏の夜。素早く時計に目を走らせると、二時を回ったところだった。
うんざりとした気持ちでマールーシャは身を起こした。背中にじっとりと汗をかいている。手を伸ばしてリモコンを手繰り寄せると、エアコンの設定温度を二度下げた。吹き付ける冷風が嫌な汗を忘れさせてくれる。
汗が引くのを待つ間、マールーシャは何度も見る黒い視界の夢をぼんやりと反芻していた。いつも同じ夢だった。夢の中の自分は果たせなかった何かを悔いていた。もう間に合わないと悟った瞬間、溶けるように身体が散っていくのだ。色鮮やかな花弁も、混沌に歪む自分の意識も、何も残らない。最後に残るのは、黒だけ。
これは呪いなのかもしれない、とマールーシャは漠然と考える。前世の自分は果たせなかった何かに今尚とりつかれているのだろうか。
もぞりと隣の山が揺れ動いたのでマールーシャは現実に引き戻された。暗がりに慣れた目で横を見ると、隣りで眠っていたゼクシオンが薄手のブランケットを肩まで引っ張り上げたところだった。部屋が寒すぎるに違いない。いつの間にかすっかり汗は引いて、マールーシャでさえも肌寒さを感じるほどに部屋の温度は下がり切っていた。
申し訳なく思いながらエアコンの温度を調節すると、マールーシャはまだ眠りの中にいるゼクシオンの側に寄った。こちらに背を向けているが、近くに体温を感じ取ってか、小さく丸まっていた身体の強張りは少し和らいだようだった。寝顔を覗き込むと、その表情はあどけない。少なくとも嫌な夢などは見ていなさそうなのでマールーシャは安堵した。そっと指先で鼻先をくすぐっても、起きる気配はない。そのままでいてほしいと思った。
もう一度布団を被りなおして、背中に寄り添うように近寄った。目の前に彼の気配を感じていると、今日はもう夢を見ない気がした。
*脳裏に浮かんだ人影は、6でもいいしそうじゃなくてもいい。
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今日の116
怖い夢をみる。飛び起きて慌てて隣をみると悠長に眠っているのでちょっと腹が立って鼻をつまんでみる。