059 少し遠出する予定だったけれど

 ノックの音がした。
 こつこつと静かに扉を叩く音は遠い意識の向こうから聞こえてくる幻聴のようで、まだベッドの中でまどろんでいたマールーシャは布団をかぶり直して聞こえないふりを決め込んだ。頭まですっぽりと入り込んでしまうと、体温で温もったベッドの中は誰にも干渉されない自分だけの空間となる……はずだった。
 ところがやまないノックの音は一定の間隔で布団の中まで響いてくる。いることが分かっているのだろう、丁寧ながらも引く意思のないことが感じ取れると、マールーシャ苛立ちながら布団を剥いで起きたままの姿で扉に向かう。不機嫌全開でドアを開け、わざわざ目線をゆっくりと下に下げていくと、はたしてそこにいたのはゼクシオンであった。

「……こんな時間に寝起きですか」

 呆れたような視線は無視する。欠伸をしながら扉を広く開けると相手は躊躇いもなくするりと部屋に入ってきた。抜け出したままの洞穴のようなベッドの上の布団を一瞥してからこちらに向きなおってゼクシオンは言う。

「今日の任務は中止です。ひどい天気なもので」
「それは朗報だ」

 マールーシャはそう言うと扉を閉めてまたベッドの上に腰かけた。心はないが、時間ができることは純粋に喜ばしく思える。休暇と聞いていそいそと布団を掴むのを、ゼクシオンは冷ややかに眺めながらぼそりと呟いた。

「何か着たらどうです」

 皮肉はまるっと無視してマールーシャはじろりとゼクシオンを見やる。

「わざわざご苦労。要件はそれだけか?」
「せっかく時間ができたのでお茶でも頂こうかと」

 澄ましていうゼクシオンに呆れてマールーシャはため息をついた。

「お前は私の部屋をティーサロンか何かと勘違いしていないか」
「いいんじゃないですか。色々揃ってるんでしょう」

 そういうゼクシオンは淡々としているくせにどこか機嫌がよさそうだ。降って湧いた時間を、この男も喜んでいるのかもしれない。

「前出してくださった花の香りのお茶、あれがいいです」
「高級品だぞ」
「知ってます」

 やれやれと頭を振りつつ、マールーシャは立ち上がると近くにかけてあった服を掴んだ。シャツを頭から被ってから横目で見ると、ゼクシオンはこちらに構わずすでにくつろいだ様子で本を読み始めていた。
 極上のプティフールをくれてやろうじゃないか、とマールーシャはようやく目覚めてきた身体で午前のティータイムの支度にとりかかる。

 

*お題は曲解しています


今日の116
少し遠出する予定だったけれど雨が降っていたので中止。代わりにお気に入りのDVDを見ながら家中のお菓子を開けてお菓子パーティー。おいしい!