061 手料理を振る舞う
時間があればするし料理は嫌いじゃないけど、正直なところ仕事の後は意欲的にキッチンに立つ気になれないとマールーシャ語る。遅いときは外食すればいい方で、作業の合間に何か簡単なものをつまんだりして済ませてしまうこともあるという発言にゼクシオンは眉をひそめた。
「人にあれだけ食事はちゃんととれというくせに」
「学生だろう。ちゃんと食べないと背も伸びない」
「うるさいですねとっくに成長期終わりましたよ」
他愛ない馴れ合いにくすくすと笑うマールーシャを見ながら、ゼクシオンは少しためらいがちにこういった。
「……僕、何か作りましょうか」
などということがあって、ゼクシオンはその日必要なものを揃えてマールーシャの部屋に一人で上がった。預かった合い鍵を差し込んで回してから、誰もいない部屋の中に向かってお邪魔します、と静かに告げて上がる。
彼のいない部屋に上がるのは初めてだった。なんなら、手料理を振る舞うのも初めてだ。好きに使っていい、と言われた広いキッチンは整然としており、その汚れのなさから普段ほとんど使っていない様子が見て取れた。飲み物や調味料が少しある程度で冷蔵庫も空同然。買ってきたものをしまいながら、どの口があれこれいうのやらとゼクシオンは息をつく。
突然の思い付きが口を突いて出たものの、その提案を聞いたときのマールーシャはぱっと表情が明るくなって、食い気味にいつならいいだろう、なんてすぐに約束を取り付けた。
『家で待っていてくれるだけでも嬉しいのに、なんて魅力的な提案なんだろうか』
マールーシャはそういってうっとりと浸っていた。そんなに期待されるとは思わなかったので、これは重要な責務である、と真面目に臨むことにしたのだ。
広い部屋でしばらくくつろいでから、時間を見て作業に取り掛かり始めた。ゼクシオン自身料理は嫌いではなかった。毎日するかといえばそこまでではなかったが、分量をきちきちと正確に量ったりするのはどこか実験的に思えて好きな作業だった。人に振る舞うのはもちろん初めてで、今更ながらに緊張した。口に合えばいいのだが、と思いながら、いつもよりかは丁寧に作業をした。
あまり遅くならないようにする、という宣言通り、予定の時刻近くなると連絡が入り、間もなく帰宅する旨が伝えられた。色々温めなおしたりしているうちに玄関から鍵の開く音がして、マールーシャが大股で部屋に入ってきた。「いい匂いだ」と顔をほころばせている。着替えている間にすっかり食卓に並べてゼクシオンは緊張気味に彼を待った。
席に着いたマールーシャは食卓を眺め渡して感嘆のため息を漏らす。
「この食卓史上最も豪華な夕食だ」
「そんな、大げさな」
簡単なものばかりなので、興奮気味に写真を撮ったりするマールーシャにゼクシオンは恥じ入った。
メニューはご飯と味噌汁に、ほうれん草の和え物と、肉じゃが。外食の時に洋食が多いので、和風でまとめてみた。あとは自宅で趣味で漬けている糠漬けも少し持ってきて添えた。
「醤油の色をしていないな」
「塩肉じゃがなんです。好きなレシピで」
「へえ、初めて見た」
いただきます、と丁寧に手を合わせてから、マールーシャが箸を動かすのを緊張しながらゼクシオンは見守った。
「……うん、おいしい」
「本当? 味、薄くないですか」
「ちょうどいいよ。うん、本当においしい」
満面の笑みでマールーシャはそう言いながらどんどん食べ進んだ。何を食べても大げさに褒めてくれたので、気恥ずかしくも嬉しくて安心した。作ったものを食べてもらえるのってうれしいんだな、と胸があたたかくなるのを感じる。ようやく自分も食事を口に運ぶと、作り慣れた味のはずなのに今日はいつもよりおいしい気がして、更にくすぐったいような気持ちになった。
「こんなに何品も作ってくれて。鍋、足りたか?」
「肉じゃがはレンジで作れるんですよ。耐熱容器で済むから洗い物も楽だし。レシピ送りましょうか」
「ありがとう……でも」
マールーシャが言いよどんだのでゼクシオンはぎくりと顔を上げたが、マールーシャは満足そうにこちらをみつめていた。
「ゼクシオンにまた作ってほしい」
食卓の上で手を取られていた。にこにことほほ笑んでいる。こんなのでよければ……というと、マールーシャはやった、と歯を見せて笑った。外では見せない、二人だけの時にみせるこのあどけない表情がゼクシオンは好きだった。
初めて振る舞う手料理は、それなりに成功だったようだ。
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今日の116
手料理を振る舞う。ちょっと自信がなかったけれど相手は美味しいと完食してくれたため大満足。