063 サボテンを育てる
渡した鉢を両手で受け取ると、ゼクシオンは顔を近付けてその緑をじっとみつめた。
アグラバーでの任務を終えたとき、成り行きで人助けをしたら感謝の印にと小さな鉢植えを貰った。水源の限られた世界で得られたとは思い難いみずみずしさに魅入られて、マールーシャはその植物を持ち帰ることにしたのだった。
部屋の窓辺にでも置いておこうかと考えていた矢先にたまたまゼクシオンと廊下で出くわした。任務帰りには不似合いな代物をじっとみつめているので、興味があるのだろうかと渡してみた。
「棘がない」
「多肉植物だな。ハオルチア属、オブツーサという品種だ。和名を、雫石という」
「へえ……美しいですね」
素直にゼクシオンはそう言った。マールーシャも全く同意だった。名前もさることながら、その植物は水をたたえた宝石のように透明な輝きを秘めて、つやつやふっくらと丸みを帯びた葉をたくさん抱えていた。クリスタルプラント、だとか砂漠の宝石、だなんていう異名も伊達ではない。
「花は咲くんですか」
目の高さまで持ち上げてなおじっと植物の様子を観察しながらゼクシオンはマールーシャに問いかけた。意外にも植物に興味を持っているらしかった。
「根気よく育てればそのうち咲くかもしれない。水はやりすぎない方がいいだろうな、ここは日の光も十分ではないから」
ふうん、というとゼクシオンは鉢植えを胸に抱いて、無感情な表情のままマールーシャを見つめ返した。
「……ありがとうございます」
「え?」
「ちゃんと、育てます」
マールーシャが何か言おうとするのを待たず、ゼクシオンはくるりと踵を返してそのままかつかつと廊下を進んでいった。マールーシャの渡した鉢を胸に大事そうに抱えたまま。
遠ざかっていく背中を見送りながら、プレゼントしたつもりではなかったんだがな、とマールーシャは少しばかり困惑したが、すぐに頭を切り替えた。彼の部屋に自分の渡したものが置かれているのは悪くないことのように思える。切り花は日持ちしないが、あの鉢植えは滅多なことでは枯れないはずだ。花の様子を見に、という文句も部屋を訪れるいい口実になってくれるだろう。
後姿が見えなくなるまで、マールーシャはそこで佇んでいた。
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今日の116
サボテンを育てることにした。世話したいのはわかるけど、水のあげすぎはよくないらしい。そんなに見つめても急には大きくならないよ。