064 携帯の画面を差し出してくるので見てみると

 何をするでもなくぼうっとしていた。休日の昼下がり。贅沢に時間を持て余して、読みかけの本を膝に開いたまま窓の外に目をやる。代わり映えのしない景色を物憂げに眺めていると、手の中で重力に負けたページがぱらぱらと繰られていき、それに気付いて視線を戻して慌てて読んでいた箇所を探し当てる。今日のゼクシオンはまるで心ここにあらずだ。本のページは少しも進んでいない。
 決めた予定もなく気の向くままに休日を過ごすのは実に贅沢だ。そんな過ごし方は嫌いじゃない。それにしてもこの日は何にも身が入らなかった。再び本に目を落としても内容は頭に入ってこず、そのうちにまた目線は窓の外へと流れていく。無意識にため息がこぼれていることに、本人は気付いていない。

 

 陶器の触れ合う音がした、と思ったら目の前に湯気の立つティーカップが置かれてようやくゼクシオンは我に返った。
 ぼうっとしすぎて気付かなかったが、いつのまにかティータイムの支度がすっかり整っていて、オリーブの葉をあしらったジノリのカップにはもう紅茶が注がれていた。遅れてアーモンドの甘い香りがふわりと広がり、それがゼクシオンの好きなフレーバーだとすぐにわかる。
 てきぱきと準備を進めるマールーシャを見上げてゼクシオンは声をかけた。

「すみません、何もしなくて」

 そういいながらも、もうそんな時間だろうかとゼクシオンはさりげなく時計を見る。思った通り、いつものティータイムよりだいぶ早い。

「気にするな、疲れているんだろう」

 なんてことない調子で言いながらマールーシャは平たい箱を持ってきてテーブルの上で開けた。名の知れた洋菓子店のマークが刻印された焼き菓子がずらりと並んでいる。

「え、開けちゃうんですか。これいいやつでしょう」
「疲れているときは甘いものに限る」

 そういってマールーシャはそれらを皿の上に盛り付けた。バターをふんだんに使ったフィナンシェは確かに胃に入ったらそれなりに慰めになるかもしれない。

 そう、ゼクシオンは疲れきっていた。大学の課題に加えて就職に向けた活動も増えてきたこの時期は多忙を極め、正直なところだいぶ気が滅入っていた。
 こういうとき、自分では無意識に押さえ付けている感情を、彼は見逃さない。元気づけようとしてくれているのだろう、特別なカップで、ゼクシオンの好きなフレーバーティーととっておきの茶菓子を振る舞ってくれることが身に染みた。
 カップをそっと手に取ると、指先に感じる温かみに少しずつ疲れが溶け出していくように思える。そのあたたかさに思わずふっと頬を緩めると、安心したように一緒に微笑むその笑顔に、また少し元気づけられる気がした。

 

「なあ、これを見てみろ」

 話の折、不意にこちらに向けられたスマートフォンの画面。なんだろうかとのぞき込むと、小さな子猫が人の脚にじゃれついている短い動画だった。

「……癒されますね」
「どうだ、元気が出たか」
「え?」

 顔を上げると、マールーシャが目を細めてにっと笑っていた。得意げな様子が……

「かわいいだろう」
「あ……か、かわいいデス」

 なんとか絞り出すように返事をすると、マールーシャもうんうんと頷きながら再び動画に見入った。
 いつか動物を飼うのもいいかもしれない、と話す横顔をどきどきしながら見つめ続けた。

 

ーーー
今日の116
見て見て!と携帯の画面を差し出してくるので見てみると子猫の動画だった。「かわいいよね」と言うから一応頷いておく。……でも正直、嬉しそうな貴方の方がかわいいデス。

かわいいデス…(反芻