065 飲み会中の相手に電話をする
「もしもし……あれ、外ですか」
電話を掛けたら、相手の背後が何やら騒がしかった。ゼクシオンは咄嗟に部屋の時計に目を向ける。間もなく夜の九時。とっくに家にいる時間だと思ったのに、見込み違いだったようだ。
「ああ……今日は飲み会なんだ」
「え、嘘、ごめんなさい、知らなくて……」
慌てふためくゼクシオンに構わない様子で、でもマールーシャは少し訝しげに会話を続けた。
「そっちからかけてくるの、珍しいな。何かあったか」
「いえっ、本当に大したことじゃないんです、すみません、飲み会楽しんでください、では」
「あ、おいまて」
相手の声が少し大きくなったがゼクシオンは畳みかけるように一方的に話すとそのまま通話を終了させてしまった。タイミングが悪かったな、と悔いて枕にぼすんと顔をうずめた。
彼のいう通り、こちらから電話をかけることは珍しい。最近忙しくて合えない日が続いていたし、どうしてるかと思って、声が聞きたくて、電話をかけてしまった。まあ、元気そうなのでいいとすることにしよう。飲み会が終わったら少し話せるかもしれない、と取り立てて気にしないでゼクシオンはスマートフォンをわきに置いてベッドでまどろんでいった。
電話ををかけたことすら忘れかけてた頃、トークアプリにメッセージが入った音でゼクシオンはうたたねから覚めた。画面を見ると、マールーシャからの短いメッセージが入っている。返事を打つと、即座にレスポンスが返ってきた。
『起きてるか』
『起きてますよ』
『そろそろそっちにつく』
「は?!」
思わず声が出た上に立ち上がっていた。そして、間髪入れずにインターホンの音。混乱しながらも慌てて玄関に駆けつけて鍵を開けると、いるはずのないマールーシャが爽やかに笑みを浮かべながらそこに立っていた。
「なんでここに……」
「抜け出してきた。退屈な集まりだったから構わん。あげてくれるだろう?」
抜け出したと聞いて面食らっているゼクシオンに先制してマールーシャは告げた。なんと言ってよいやら困惑しながらも、ゼクシオンは扉を大きく開いてマールーシャを自分の部屋に迎え入れた。
マールーシャは手にビニール袋を提げている。
「どうせ飲むならこっちの方がいい」
マールーシャはそう言って買ってきたものを机の上に並べていった。ビールと缶チューハイが数本。コーラもあった。どれがいい、とマールーシャが聞くのもあまり耳に入らず、ゼクシオンはマールーシャの後ろに立った。彼が、自分の部屋にいる。ほかの人との約束を投げ打ってまでわざわざ来てくれたのだ。
黙ったまま背中にこつ、と額を預けると、外の匂いと、居酒屋特有の煙草の煙の混じった雑多なにおいがした。
「……服、脱いだらどうですか」
「おっと、積極的だな」
「違いますよたばこ臭いんですそれ」
くつくつと笑うマールーシャをせっついて先にシャワーを勧めた。着替えは多少は用意があるから心配もいらない。アルコール類を買ってきたということは、たぶん、泊まるつもりだ。降って湧いた二人の時間を思うと、先ほどまで感じていた僅かな罪悪感はすぐに喜びに打ち負かされた。
シャワーの水音が聞こえ始めると、緩む頬を両手でぱんと挟んでから、何かあてにできるものがあったかとゼクシオンは冷蔵庫に向かう。
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今日の116
急に寂しくなって飲み会中の相手に電話をする。声が聞きたかっただけなのに急いで帰ってきてくれて、ちょっとの罪悪感と優越感。