067 雨に降られる3
「今日は持ってきていないのか」
立ち尽くして空を見上げているゼクシオンに並んでマールーシャが聞いた。この前雨に降られたときはゼクシオンの傘のおかげで二人の被害は肩程度で済んだのだ。
「あいにく、今日はないんです」
「まあこの程度ならなくてもいいだろう。走るぞ」
「え」
急な提案を飲み込む前に、ゼクシオンの腕を掴むとぐんとその手を引いてマールーシャは走り出した。歩幅の違うせいで必死になりながら、背中に向かって、ちょっと、と叫んでも聞こえないのか振り返らずまっすぐ前を向いたまま、二人は濡れ始めた街並みを駆けていく。降り始めた雨の音と、自分の息の吐く音のほかに何も聞こえない。曇天の中になびく桃色の髪の毛だけを見つめて、腕に確かな熱を感じて、ゼクシオンは夢中で走った。
あっという間だった。すぐに駅までついて、庇の下に入るころにはマールーシャはゼクシオンの手を離していた。慣れない疾駆にゼクシオンが膝に手をついて息を整えていると、これしきでだらしないな、と上から声が降ってきた。うるさいと反論しようとしたものの、まだ声が出せない。
睨みつけてやろうと顔を上げるが、こちらを見て笑うマールーシャの表情があんまりにもあどけなくて、ゼクシオンはどきりとして言葉を失った。まつ毛に乗った細かい水の粒がくっきりと丸くて、目が離せなかった。
傘、なくてよかったかもしれない。
ーーー
今日の116
雨に降られる。小雨だからと傘を差さずに駅まで走る。子供みたいに笑う貴方の、水の粒の乗った長い睫毛がきらきらして綺麗だと思った。