069 野菜を育てる2

 春先、天気のいい日曜日。ベランダを掃除して広く場所を開けると、マールーシャは買ってきた品々を並べた。
 大き目のプランターに石を敷き詰めたら、軍手をはめ、土に肥料を混ぜ合わせる。プランターの半分ほどまで流し込んだ後、用意のあった小さな苗木を両手でそっと取り上げた。

「それは、何?」
「ミニトマト」
「いいですねえ」

 楽しそうにゼクシオンは部屋の中から笑った。手伝う気はないらしく、汚れたら色が目立ちそうな薄い色の柔らかい部屋着を羽織ったまま、しゃがみこんで膝の上に頬杖をつきながらじっとマールーシャの作業を見守っている。特に構わずにマールーシャは目の前の小さな生命に真剣に向き合った。
 バケツに張った水に、ポットから取り出した苗木をそっと漬ける。たっぷりと水を含ませてからプランターの中に植え込み、優しく土をかぶせる。支柱を立て、麻紐を優しく通して固定すると、苗木は小さいながらもしゃんと安定しているように見えた。根が土に馴染むまではこまめな水やりが欠かせない。

「いつ頃食べれるんです」
「これは苗木だし、状態もいい。一か月もしたらそれなりに実が付くだろうな」
「楽しみですね。水やり、手伝いますよ」
「やることは水やりだけじゃないぞ」

 間引き、摘心、虫の駆除。病気にかかってないか毎日チェックしないといけないし、最初は手のかかる部分もある。野菜を育てるのはマールーシャも経験が乏しかったが、以前見事にバジルを育て上げた経験からゼクシオンは取り立てて心配はしていない様子だ。新たな挑戦に少なからず期待しているようだった。

「カレンダーに書いておきますね、僕が来る日」

 マールーシャの言葉は聞こえていないのか、ゼクシオンはそう言うと立ち上がって壁に掛けられたカレンダーに向かった。

「あれ、そんなに来てくれるのか」

 部屋をのぞき込んでゼクシオンの背中越しにマールーシャは声をかけた。カレンダーの週末にはすべて丸が付けられている。

「トマトのためですよ」

 そっけなく言いながらゼクシオンはペンを置くとまたベランダのそばに戻ってきた。目が合うと、何、にやけてるんですか、と眉を顰めた。
 あらかた植え込みの終わったベランダを見渡してゼクシオンは言う。

「ベランダ、まだスペースがあるじゃないですか。一緒にベビーリーフとか、どうです」

 ほら、と細い指でスマートフォンをすいすい操作してゼクシオンがその画面を見せてきた。覗き込むと、広い鉢に青々とした柔らかな葉が群生している写真がそこにあった。

「へえ、トマトより簡単そうだな」
「でしょ。隣に場所を作りましょうよ」

 生き生きと提案するので、ミニトマトの片手間で並べて栽培するのも悪くないかもしれないな、とマールーシャも真面目に考えはじめていた。

「サラダ屋さんが開けますね」
「どうせ盛り付け担当なんだろ」
「水やりもしますって」

 くすくす笑うゼクシオンを超えて部屋のカレンダーを盗み見た。週末の日々に分かりやすく赤い丸が付いているのはいい眺めだった。
 お気楽なサラダ屋さんが開業する日も、そう遠くないかもしれない。

 

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今日の116
野菜を育てることにした。水やり当番表を壁に貼る。どうやって食べようか考える。これで好き嫌いがなくなりますように。