070 虹が出ていたので思わず
部屋干しが好ましくなくてつい溜めてしまった洗濯物のことを考えてゼクシオンは憂鬱になっていた。長く日の光に当たらないせいか、なんとなく家の中だけでなく気分までじめじめしていたし、何をするにも意欲的になれないでいた。自室で一人、何をするでもなく本のページを繰り、ただただ日々を消費して過ごしている。一人は、つまらない。
『この時期は湿度が高くてかなわないな』
不意に、湿度が高いといつもより癖が強く出る彼の髪の毛を思い出した。
恋人は仕事で遠方に出ている。長期の仕事になるとかで、連絡は取り合っているものの久しく顔を合わせていない。梅雨時のくるくるに跳ねてしまう髪の毛を、それらを何とかしようといつもよりも真剣に鏡を覗き込む彼の横顔を、今年はほとんど見れなかった。
そんなことを思いながらゼクシオンはレースのカーテンを少し開けて自室の窓から外を眺めた。
先ほどまでしとしとと降っていた雨は一段落したらしい。ところどころ雲の切れ間から日の光が差しているのが見えた。いよいよ梅雨明けが近いのかもしれない。雨の日は嫌いではないが、こうも長く続くと思うように出かけられない日も続いてさすがに気が滅入った。殊更、家にいても一人なのはつまらない。
以前はそんなこと思わなかったのにな、と考えながら硝子戸をあけてベランダに出た。遠くの空は雲が流れて青い空が見える。
「あ」
思わず声が漏れた。遠くのビルの向こうに、抜けるような青空を背景に虹が出ているのが見えたからだ。珍しい眺めに思わずスマートフォンを取り出してレンズを向けた。
画面に収まったその風景を見て満足する。珍しいものが見れて、もしかしたら今日はいいことがあるかもしれない。
そう考えていたら、ふとこの写真を送りつけてやろうという気になった。出張先は北の方だったから、あちら側はまだ梅雨も明けないだろう。
端末を操作して連絡先を探り当てると、「こっちは梅雨が明けそうです」と控えめに言葉を添えて写真を送った。
無事に送信できたのを見届けてから、ゼクシオンはまた遠くの虹に目を向けた。まだ濡れた欄干に凭れてぼんやりと考える。こっちだとかあっちだとか、いつも近くにいるのが常だったのにすっかり遠くに分かたれてしまい、文明の利器を頼れど埋まらない隙間を恨めしく思った。いったいいつになったら会えるのだろうか。
短いバイブレーションが手の中で響いた。もう返事がきたのだろうか。たまたま休憩中だったのだろう、タイミングが良かったな、とゼクシオンは画面を開く。返事はマールーシャからのものだったが、そこに送られた返事にゼクシオンは目を見張った。
『こっちからもよく見える』という文章とともに添付されたのは、同じく青空の中で彩を放つ虹の写真だった。
彼のいる地でも虹が出ているのだろうか?そんな偶然があるだろうか?よくよく見れば、虹の下に広がるビル群は、角度は違えど今この部屋から見える景色と同じもののように見えた。
混乱していると、答え合わせをするように続けて文章が送られてきた。その文面に、思わずスマートフォンを取り落としそうになる。
『ちょうどいま、最寄り駅に着いたところ』
恋人が、夏を連れて帰ってきたようだ。
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今日の116
虹が出ていたので思わず写真を撮って送りつける。すぐに既読がついて「こっちからも見えた」と虹の写真が送り返されてくる。