073 キスしないと出られない部屋3

前略、例の部屋。

 

「……なんですこの部屋は」
「キスをしないと出られない、と書いてあるな」
「冷静に読み上げなくていいです」

 苛立たしげな様子でゼクシオンはマールーシャを見上げ睨みつけた。妙な部屋に二人で閉じ込められてしまったものである。

「キスくらい、何を今更恥じらう必要がある」
「まあ……それもそうか」

 ゼクシオンは諦めた様子でため息をついた。マールーシャと二人で謎の指令に従うのは気に入らないが、さっさと済ませて不可解なこの空間を抜け出す方が賢明だろう。

「こっちを向け」
「はあ……なんでこんなことに」

 文句を垂れるもマールーシャに肩を掴まれ、ゼクシオンは覚悟を決めて目を瞑った。眼瞼と同じくぎゅっと結ばれた自分の唇がかさついていることに急に気が付く。相手の気配をすぐそこに感じると、甘い香りに流されてしまいそうになって思わず息を止めた。これは、ただ、脱出の手段に過ぎないのだから、余計な感情が浮かぶ必要など、ない、断じて、ない。
 そうやって胸の内で言い訳をしながらむっと口をつぐんでいたが、しかしながら、ふわりと柔らかい感触を得たのは、乾いた唇ではなくかたく閉ざされた両の目の間だった。

「えっ」

 思わず目を開いたゼクシオンが何か言いかけるも、すぐにまた手が伸びてきた。革の手袋が輪郭を捉えると乱雑に引き寄せられ、慌てて逃げるように顔を背ける。頬に押し付けられるその熱さに思わず肩が竦む。
 相手の気配が離れていったのでそろそろと見やると、避けていた青い瞳と正面からぶつかった。目の奥が笑っている。この男、この状況を楽しんでいるようだ。

「……これでよかったんですか」

 妙に身構えた自分が馬鹿らしいなどときまり悪く思いつつも、触れられたところをそっと撫でさすりながらゼクシオンはドアの方を見やる。が、そこに表れた表示をみて唖然とする。

 

『唇にしてください』

 

「駄目だったようだな」
「貴方絶対わかってやってますよね?」

 

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今日の116
キスしないと出られない部屋に閉じ込められる。涼しい顔で額にキスしたけれど「唇にしてください」と部屋のシステムに怒られる。