077 パンジーを育てる

「で? 今日は何なんです?」

 ゼクシオンは何とも言えない表情で、帰宅したマールーシャを見上げた。ゼクシオンの複雑な心境などどこ吹く風、帰宅したばかりのマールーシャは靴も脱がずに手に持ったビニール袋をいそいそと開いて見せた。覗き込むと、鉢の中で見事に咲き誇るのは黄色いフリル。

「冬はパンジー無しには語れない」
「初耳ですが」

 鉢を受け取ってのぞき込みながらゼクシオンはため息をついた。彼がことあるごとに花を買って帰る習慣には慣れていたが、こうも立派な鉢が次から次へと増えていくと、そのうち我が家が植物園と化してしまうのではないかと心配にすらなる。窓辺からカウンターから棚の上まで、この部屋ではありとあらゆる植物が元気に根を張り葉を広げている。ただし購入者のセンスは信頼できるようで、あれこれと種類を網羅しながらも全体で見ればなんとなくバランスはとれて見えた。

「ベランダにおいていいぞ。寒さには強い花だ、今の時期ならまだ大丈夫だろう」

 ゼクシオンの心配に気付いてか、マールーシャはジャケットを脱ぎながら楽し気に告げる。そうはいってもベランダももうそろそろ満員なんですけどね、とゼクシオンは胸の内でひとりごちる。

「寒さには強いし、育てやすい。色のバリエーションも多いし、好きな色があれば一緒に並べよう」
「これがあれば十分ですよ」

 慌ててゼクシオンは言った。自分は不器用だから、彼のようにあちこちに器用に平等な愛情を注ぐのは難しいことだと感じていた。今ある鉢を大切に育てたい、と説明した。

「慎ましやかで、それもいいな」

 穏やかにそういうとマールーシャはうんうんと頷いた。
 ところ狭しと鉢の置かれたベランダに新たな仲間を加え、並んで秘密の園を眺め渡した。きっと週末にはまた彼が性懲りもなく新しい花を買って帰るのだろう。そうして自分もまた眉を顰めたり小言を言ったりしながらも、新しい仲間を受け入れていくのだ。
 そんな変わらない日々が続いていくといい。静かに息づいている夜の花たちを眺めて、ゼクシオンはささやかに願う。

 

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今日の116
パンジーを育てることにした。黄色いパンジー。花言葉は「つつましい幸せ」。二人して鉢植えを覗き込んでるこの瞬間も、「つつましい幸せ」かもね。