078 一緒に見ていたドラマの登場人物が
「衝撃的な回だったな」
マールーシャはそう言いながら立ち上がると、ぽんとゼクシオンの頭に手を置いた。ようやく我に返ったゼクシオンがぱちぱちと瞬きをしてマールーシャを見上げる。「ええ、本当に」と深くため息をつくのを見るに、彼もショックが大きかったのだろう。
毎週末の夜に必ず見ているテレビドラマを見た後のことである。
その物語は人気小説家のベストセラー作品を原作としたもので、大御所俳優をふんだんに採用した結果、美しい男女の悲恋というテーマも相まって大いに話題を呼んでいた。
物語は終盤、主人公の恋人が事故にあい、思いがけず命を散らすシーンが今回の山場だ。何気ない日常が突如として奪われる、シリーズ中でも衝撃の展開だった。
「あの展開は意外でした」
ゼクシオンは静かに呟く。マールーシャはキッチンでシンクに向かい、テレビ鑑賞のお供だったティーセットを洗っていた。隣を見ると、ゼクシオンはまだぼんやりした様子で所在なさげに立っている。
「そうか? 割とありきたりだし、お前も読めていたかと思った」
「あまり先の予想はしないんです。もったいないじゃないですか」
「ふうん」
そんなものだろうか、と蛇口の水を止めながらマールーシャは考える。
テーブルを片付け、風呂の支度をしているマールーシャの後ろを雛鳥のように付いて回りながら、ゼクシオンはずっと物語の展開に思いを馳せているようだ。
「彼、あの後どうなってしまうんでしょうね」
残された主人公を案じているようだった。そんなに感情移入するタイプだったとは知らなかった。
「原作を読んだらいいんじゃないか」
「……そういう話じゃないですよ」
ゼクシオンは呆れたようにマールーシャを見上げてため息をつく。
「大切な人をなくすのは、耐え難いことだろうと思って」
「……幸い、そういった経験はまだないからな」
そういいながらマールーシャはまだ心ここにあらずでいるゼクシオンの髪の毛をぐしゃりと撫でた。うわ、と漏れた声は無視してわしわしとやや雑に撫で続ける。やがて呻きながらその手から逃げ出したゼクシオンは、忌々しそうに乱れた髪を手で押さえ付けながらマールーシャを見上げる。
「平和な日常を享受したらいいんじゃないか」
それまでぼんやりとしていたゼクシオンは、ようやく少しすっきりしたような表情になって、こくりと頷いた。それを見たマールーシャも、ゼクシオンが現実に引き戻された様子にまた少し安堵するのだった。
「……しかし、そんなにショックだったのか」
「え?」
すっかり寝支度を済ませて寝室に入ってからマールーシャは言う。
「ずっと離れないじゃないか」
テレビを消してからというものの、ゼクシオンは片時もマールーシャのそばを離れようとしなかった。なにせあの後しっかり風呂まで一緒に入ってしまっている。ずっと何か考えているようでもあり、また、離れまいという強い意志も感じられた。
こういうとき図星をさされると否定から入るのが彼の常だが、今日はまたしてもだんまりだ。
まあ、そんな日もあるだろう。ベッドに入ってから布団を捲って呼び寄せると、やはり素直に隣まで入ってきた。身体を落ち着けたその位置は、いつもよりも少し近い。
位置が定まると、ゼクシオンはマールーシャを見上げて言った。
「向こう、向いてください」
「?」
言われるがまま背を向けて身体を横たえると、脇腹から差し込まれた腕が胴体に絡みついてきた。背中には服越しに伝わる弾力と、しっとりと温かい吐息を感じる。
「あー……ゼクシオンさん?」
「はい」
「顔が見えないんだが」
「大いに結構です」
ぐり、と頭を押しつけられる感触が背骨に響いた。いまさらそんな照れ隠しをしても、と思いきや、安心しているのかすぐに呼吸が深くなるのが背後から伝わる。
できるだけ動かないように腕を伸ばして照明のリモコンをとり、部屋の明かりを落とす。暗くなった部屋で、もう眠ってしまったのだろう、身体に巻き付く力の抜けた腕に手を重ねた。
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今日の116
一緒に見ていたドラマの登場人物が亡くなった。見終わってからやたらくっついてくるから「なにしてるの」と尋ねたら「いなくならないように」だって。いなくならないよ。