079 コスモスを育てる

「はい、これ」

 と差し出されたのは、一輪の花だった。薄桃色の花弁をぐるりと纏い、中心に向かうとその色は少し濃く色づいている。
 ゼクシオンは怪訝に思い、揺れる小さな花とその先の人物を見比べた。こうやって花を差し出してくる輩には身に覚えがあったが、彼女から花を渡されるような謂れはないはずだ。

「……なんのつもりですか、シオン」

 自分よりも小さな黒コート姿に向かってゼクシオンは問いかける。すっぽりとフードに覆われ全身黒ずくめだが、うら若き少女のような振る舞いは他の機関員にはまるでないものだ。指先まで黒い手の中に握られたコスモスの花が、闇色の背景の中で異彩を放っていた。

「ゼクシオンにあげるね」
「植物採取の依頼をあなたにした覚えはありませんよ」

 皮肉のつもりだったがてんで通じていない様子で、シオンは事のあらましを話し始める。

「任務で行ったワールドにね、すごくたくさん咲いていたの。本当にきれいだったから、少し摘んできちゃった。だから、はい」
「はあ……」

 なにが“だから”だ。肝心な理由が何一つわからないまま、ずいと胸元に押し付けられた花を、複雑な心境でゼクシオンは受け取った。

「あなたが持っていた方がいいんじゃないですか。僕はすぐに枯らしてしまうし、花には有用性を見出せない」
「難しいことばかり言うのね」

 屈託なく言うとシオンは無邪気に続けた。

「これは、ゼクシオンへのプレゼントだから」

 そうきっぱりと断言すると、返品不可です、とばかりに後ろに手を隠す。ゼクシオンも諦めて細い茎を両手で支え持った。

「……ありがとうございます」
「花言葉は、“愛情”なんだって」
「……シオン、あなた今日の任務誰と行ったんですか」
「えっ?! え、えーと」

 しどろもどろになるシオンを見てため息をついた。なんだ、やっぱり誰かさんの差し金か。
 そろそろ戻らなきゃ、とそそくさとその場を後にするシオンの背中を見送ってから、手の中の薄桃色をみつめた。バレバレなんですよ、馬鹿。

「ゼクシオン」

 不意に呼ばれて顔を上げると、廊下の先でシオンが柱の陰に隠れるようにしながらこちらを見ていた。

「愛情って何なのかしら」

 彼女のフードの下の表情はわからない。
 ゼクシオンは手の中の小さな花に視線を落として呟いた。

「心があれば、分かるのかもしれませんね」

 ふっくらとした花弁は肉厚に思えて、光にかざすと透き通って見えた。

 


今日の116
コスモスを育てることにした。コスモスの語源は「美しい」っていう意味のギリシャ語らしい。花言葉は「愛情」。愛情たくさんこめて育てましょう。