080 高熱を出したので病院に連れていく

 ノーバディの血は何色だ?
 答えは人のそれと同じ、赤である。

 

 地に迸った鮮血は草木をも濡らし、小さな赤黒い血溜まりがそこかしこに出来ていた。
 敵は殲滅している。もっとも、自分ひとりの力では及ばなかったであろうが。

「終わったぞ」

 頭上から声が響いた。顔を上げることができなかった。傷が痛むのが半分、どんな顔をしてその声の主に顔向けしたらいいのかわからないのが半分。自分の胸中で渦巻くやりきれない気持ちにゼクシオンは下を向いたまま唇を噛んでいた。

「傷がひどいな」

 声の主はそう言ってゼクシオンの前までやってくると、ふわりと舞い降りるように地に膝をついた。こちらが身動きも取れないくらいの怪我を負って這い蹲(つくば)っているのに対し、まさに“優雅に”彼はそう振る舞う。伸びてきた手を渾身の力を振り絞って薙ぎ払った。傷から血が飛び散り辺りを汚そうが構わない。

 今回の任務の討伐対象は強敵であった。戦闘力もさながら、群れを成して行動するタイプの敵軍はその数も相当で、魔法力トップクラスのゼクシオンでさえ戦闘が長引くと苦戦を強いられた。
 消耗戦になり先が危ぶまれてきたころ、どこからともなく現れたマールーシャの援護に助けられたのだった。

「どうして、貴方がここに……」

 地面を睨み付けたままゼクシオンは呟いた。連れ立って任務に出たわけではなかった。

「つまらないことを気にするんだな」

 マールーシャはせせら笑うと身を乗り出してのぞき込む。

「見せてみろ。回復の手段、もうないんだろう」

 再び伸びてきた手がゼクシオンの顔に触れた。一瞬目が合う。マールーシャも少なからず傷を負っている様子ではあった。こちらを見据える青い目の中に、感情はない。
 触れる手を叩き落として肩で息をしながらゼクシオンは顔を背けた。視界がぐらぐらと歪み、汗だか血だかわからないものが顔を伝う。焼けるような傷の痛みと身体の火照りに、蹲って呻き声を漏らすことしかできない自分が情けない。しかも、この男の前で。死んでしまった方がましなんじゃないかとすら思う。

「まさに手負いの獣といったところか」
 マールーシャはそう言って苦笑するが、次の瞬間には真面目な声で続けた。

「出血がひどい。加えて発熱。妙なものに感染していると厄介だな。帰還を急ごう」

 懲りずに差し出されたてを一瞥して、ゼクシオンはぎり、と拳を握る。

「……貴方に借りを、作るなんて」

 声を振り絞ってゼクシオンは吐きだすように言う。

「死んでも御免です」

 弱弱しく肩を震わせながらもきっぱりと断言するが、頭上からはマールーシャがせせら笑うのが聞こえた。

「熱で譫言を言っているな」

 軽い調子でそういうと、マールーシャはこともなげにゼクシオンの身体に腕を回してひょいと抱え上げた。身体が浮いた一瞬、ゼクシオンは抵抗を試みようとするも満身創痍でなすすべもなく、ついに抱き寄せられるままに身体を預けた。
 自分の身体がこれ以上なく熱いのに、もたれた相手の身体が温かい。それをどこか拠り所にしている自分が死ぬほど悔しくて、腹立たしくて、名前のわからない感情が入り乱れて余計熱が上がりそうになりながらゼクシオンは眼前のコートを強く掴んだ。身体を支える手が、応えるように力を増した気がする、なんて、自分は本当にどうかしてしまったのかもしれない。

「ヴィクセン殿に薬でも煎じてもらったらいい」

 そんなマールーシャの軽口が、意識の遠くに聞こえた。
 傷痕の激しい疼きと他者の体温に身体を委ねると、吐く息が細く震えた。

 

*お題は曲解しています。


今日の116
高熱を出したので病院に連れていく。待合室でしんどそうだったので肩にもたれさせてやる。寄りかかって目を閉じたままぐったりしているので心配。お薬きちんと飲もうね。