081 ショッピングモールへ買い物に行く
ノックの音が止んだ。諦めたか、と安堵の思いもつかの間、部屋の中に降り立つ音がすぐそばに響く。闇の回廊を使うというあまりにも横暴な入室にマールーシャが思わず布団から顔をのぞかせると、そこに立っていたのは機関の若き策士、ゼクシオンだった。
「起きなさい、新人」
無表情でこちらを見下ろす目は、まだ毛布に包まっているマールーシャを前に侮蔑の色すら孕んで見える。
「今日の任務は僕と一緒です。すぐに支度をしてロビーまで来ること」
寝起きのマールーシャは不満げに目だけでゼクシオンの姿を追いながら、相手によく聞こえるようにため息をついた。
「聞いていないな。それに新人めが貴方のお役に立てるとは到底思えない。他をあたってくれ」
「やむを得ない事態です。なにせ、緊急指令ですから」
苛立たし気ながらもそう言って任務の書かれた紙をこちらに向けるゼクシオンの様子は、その異例のミッションのせいかいつもよりも深刻そうに見える。どうやら本当に特異な事態なのかもしれない。しぶしぶと起き上がると、マールーシャは差し出された紙きれを受け取って目を落とす。
「……! これは……」
そこに書かれた内容を見てマールーシャははっとしてゼクシオンを見上げた。ゼクシオンも決然とした表情で顎を引いて頷く。
「失敗は許されません。これは、機関の存続に関わる重大な任務です」
*
回廊を抜けて街に降り立つと、マールーシャは辺りを見渡した。
「見慣れぬ場所だな。本当にここで合っているのか」
「ええ、あの赤い屋根が目印です」
ゼクシオンの指さす先には、様々な店で賑わう通りの奥に確かに赤い屋根の建物が目を引いた。煙突からは白く煙が空に向かってたなびいている。
「あれが参謀殿御用達のパン屋か。確かにいい匂いがする」
「ちょうど正午が焼き立ての時間です。それまでに他の雑務を済ませて、最後にあそこでの買い物を済ませれば任務完了です」
なるほどね、とマールーシャは伸びを一つしてからため息をつく。
「しかし、参謀殿も人使いが荒いな。食材の買い足しなど、他にも小間使いがいるだろう」
「ダスクではパワー不足なのでしょうね。なにせ、十四人分の食材です」
そういうとゼクシオンは手に持ったミッションのリスト、もとい買い物メモをひらひらと振ってみせた。そう、本日のミッションは参謀殿のお使いである。いつも機関員の任務を管理している傍らで、厨房事情にも余念がない。
「励んでくださいね。機関の生活が懸かっているのですから」
策士殿も成長盛りだからな、というマールーシャの言葉には反応を見せず、ゼクシオンは買い物メモを読み上げた。膨大な量の食材、日用品に加え、個人のリクエストの品もいくつかあるようだ。
「お待ちしている間に一番効率的なルートを編み出しておきました」
「ほう、さすが機関の誇る策士様だ。新人めの出る幕など無いようなので、私はこれにて」
「何言ってるんですか、貴方は荷物持ちです」
ぴしゃりと言い放ってからゼクシオンは赤い屋根を指さした。
「焼き上がりの時間まであと二時間。無駄は許されません。行きますよ」
「仰せのままに」
マールーシャが髪をなびかせると甘い香りとともに紅の花弁がどこからともなく現れて宙に舞った。ふわりとその一片が肩に乗ったのを見てゼクシオンは心底嫌そうに指ではじく。はらりと舞った花弁は、今度は地に着く前に空中に溶けた。
*お題は曲解しています
ーーー
今日の116
ショッピングモールへ買い物に行くが広すぎて目当ての物が見つからず一日を潰す。
*入れられなかったどうでもよい会話
「そうだ、花を買おう。殺風景な生活に彩りは必要だろう」
「あの城に極採色なんてうるさいだけです。趣味はご自分の頭髪だけにしてください」
「そういうお前こそなんだその氷菓子の箱は、リストになかっただろう」
「アイスを食べるのは僕だけじゃありませんから」
「詭弁だな」
「なんですって」