082 二人でコタツに入る

 その日マールーシャが家に帰ると、いつも玄関まで迎えに出てくれる彼が出てこなかった。何かしら作業中の時はもちろんそういうこともあるし、取り立てて気になることではない。マールーシャが居間に続くドアを開けると、いつもと違う光景に今日彼が動けなかったその理由を把握した。

「あ……おかえりなさい」

 ゼクシオンはそう声を上げるものの、動くことができないようで顔だけこちらに向けていた。珍しく怠惰な様子の恋人に相好を崩しながらマールーシャは傍に寄っていった。

「こたつ、出したのか」
「もう、寒くて。十二月になったしいいかなと」

 そういうゼクシオンは手も足も布団の中にしまい込んで、ぬくぬくとくつろいでいた。温まっているのであろう、顔色は血色がよく健康的に見える。テーブルの上には蜜柑がかごに盛られていて、絵にかいたような冬の一コマに思えた。

「言ってくれたら出しておいたのに。布団は上にしまっていただろう、手、届いたか」
「なんですか、馬鹿にして」

 さっきまでとろとろと柔らかい雰囲気だったゼクシオンは一転して噛みつくように目を吊り上げた。天袋にしまっておいたこたつ布団は、ゼクシオンが取り出すのには少々高い位置だったに違いない。純粋に心配したつもりだったが、不躾な気遣いにゼクシオンはすっかり機嫌を損ねてしまった。こたつに並んで入ろうとするも、内側から布団を巻き込んで阻止されてしまう。「冷たい人は駄目です」なんて、外から帰って暖をとりたい人間に酷な物言いだ。
 すっかり熱を独り占めしてくつろいでいるその姿を見下ろしていると、ぱちりと合った目は意地悪そうに笑っている。ほんの少し湧いた悪戯心に、マールーシャは素早くかがみこむと冷え切った両手でゼクシオンの頬を包み込んだ。悲鳴にも似た声を上げ逃げようともがくゼクシオンをそのまま腕の中に封じ込めながら、芯から温まったその頬の弾力を掌に感じて、かじかんだ指先から少しずつ緩んでいくのをマールーシャは心地よく味わう。
 ばしばしと腕を叩いてようやく解放されたゼクシオンは、真っ赤になった顔でへたりとこたつの上に伏してしまった。立ち入りが許可されたので、マールーシャもようやく暖かいこたつの中に足を差し入れた。

「うん、やはり買ってよかったな。冬はこたつだ」
「……暑い、です」
「自業自得だぞ」
「誰のせいだと」

 小言の言い合いも、他愛ないやり取りに過ぎない。ゆるゆると平熱に戻ってきたゼクシオンは、いつしかまたくつろいだ様子でテーブルに顎を乗せていた。

「しかし今日はまた一段と寒いな」

 マールーシャが呟くと、あ、とゼクシオンは声を上げて身を起こした。

「今季一番寒いみたいですよ。なので今夜は、お鍋です」
「素晴らしい」

 マールーシャは感嘆の声を漏らした。こたつでつつく鍋は格別だ。殊更、大切な人と囲む食卓はこれ以上ないあたたかさがある。
 ゼクシオンも満足そうに笑って言う。

「準備できてます、けど、もう少しだけ」

 もうすっかり悪魔の発明品に心身囚われてしまった様子で、ゼクシオンはまた腕までこたつの中に差し入れてほうと息をついた。
 布団の中でそっと足を寄せると、冷たい、とまた非難が飛ぶが、その声には恥じらいの色がほんのりと含まれていた。

 

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今日の116
二人でコタツに入る。触れた足が冷たくて文句を言ったらわざとくっつけてきたので仕返しに冷たい手でほっぺたに触ってやった。あったかーい!