083 外がひどい嵐
夕方ごろから降り始めた雨は激しさを増す一方だ。外ではひゅうひゅうと絶え間なく吹き荒れる風の音がして、時折窓ガラスに雨をも叩きつけた。雷が光るが、遠いのだろう、だいぶ時間をあけて、小さく唸るように鳴っている。
手を伸ばして隣の空間を探る、が、思ったものが見つからず、マールーシャは怪訝に顔を上げた。隣にいたはずの人影はない。洗面所だろうか、と身を起こしてしばらくの間耳をそばだてるが、待ち人は戻らないし家の中は物音一つしない。
布団を避けてフローリングに足を下ろした。ブランケットを掴むと素足のまま廊下に出て、音を立てないようにそろそろと歩いた。電気の消えた洗面所を横目でみやりながら、居間に続くドアの隙間からその先を覗き込む。見慣れた後ろ姿が窓辺にあるのを見て、思わず安堵の息が漏れた。まったく、心配させるのが好きな恋人だ。
静かにドアを開けてその後ろ姿にそっと近寄る。無心で雨の叩きつける窓ガラスを見つめていたが、近寄る気配に気付いたのだろう、ゼクシオンは振り向いてマールーシャを見上げた。
「起こしましたか、すみません」
そう言うゼクシオンの声ははっきりとしていて、眠気を感じさせなかった。いったいいつからここにいるのだろう。
「雨、すごいですよ。何もみえないし、何も聞こえない」
また窓に向きなおると、曇りかけた窓ガラスをそっと指でなぞった。細い指が描く丸の中に、豪雨に流されてしまいそうな黒い景色がぽっかりと浮かび上がった。マールーシャが目を凝らすと、ガラスに反射するゼクシオンの白い顔が映って見えた。ゼクシオンはマールーシャの視線に気づかず、真っすぐに暗闇を見つめている。
「一人しかいないみたい」
「此処にもう一人いるだろう」
「じゃ、二人」
そう言ってゼクシオンはマールーシャに静かに寄り掛かった。
「この世界に、二人だけ」
うっとりと発せられたその言葉を、マールーシャは胸の内で反芻した。真っ暗な部屋の中で、聞こえるのは雨の音だけ。感じるのは隣の体温だけ。彼が言うと、本当にそんな気にさせられた。
冷たいフローリングに素足がもぞもぞとすり合わせられるのを見て、マールーシャはゼクシオンの肩にブランケットをかける。
「部屋に戻ろう。身体が冷えてしまう」
ゼクシオンはまだ名残惜しそうに窓の向こうを見つめていたが、マールーシャが肩を抱くとやがて静かに従った。華奢なその身体が、静かな佇まいが、放っておいたらそのまま闇に溶けていってしまいそうで、マールーシャは思わず抱く腕に力を込める。
「雨の音なら部屋からでも聞こえる」
部屋へと戻る間、止まない雨の音に耳を傾けるのは、布団の中にすっかり彼を隠してしまってからにしよう、などと考えている。
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今日の116
外がひどい嵐。激しい雨音と風の音で、家の外の音が一切聞こえない。お互いの立てる音と声しか耳に入らなくて「世界に二人だけしかいないみたい」と言うので、大雨も悪くないなと思う。