084 たまたま見つけたぬいぐるみが

 なんだか見覚えのあるような桃色の毛玉を、ゼクシオンはじっと見つめていた。

「それ、欲しいの?」

 そう聞いてきたのは学友のデミックスだ。授業が終わり、午後の空いた時間でふらふらと街を歩いているさなか、立ち寄ったゲームセンターのプライズをまじまじと見つめているゼクシオンを珍しい、とデミックスは笑って隣に立つ。

「何のキャラ?」
「さあ。初めて見ました」
「その割には随分ご執心みたいだったけど」

 面白がっているデミックスの横でゼクシオンはばつが悪そうに黙った。
 眼前のそれは猫を模したキャラクターのようで、少しくすんだような特徴的な桃色の毛並みがあちこちに跳ねている。両手に収まるくらいのサイズのそれはまさに”毛玉”と称するのが相応しい。触り心地は良さそうだ。それにしてもなんだろう、この既視感は。

「よーし、取ってあげよう」
「え?!  いや、欲しいわけじゃ……」
「こういうの、得意なんだ」

 慌てふためくゼクシオンの声など届いていない様子で、デミックスは楽しそうに小銭を取り出してマシンに投入したかと思うと、次の瞬間には真剣な表情で桃色の毛玉に向き合っていた。

 

 

「なんだこれは」

 部屋に来たマールーシャは目ざとく“それ”を見付けた。ベッドの上、枕元に鎮座する毛玉を、怪訝そうに眺めている。

「“毛玉”です」
「何かのキャラクターか?」
「よく知らないけど、可愛いでしょう」

 ベッドに座って“毛玉”を手繰り寄せると、ゼクシオンはそれを膝の上に乗せてまじまじと見つめた。
 デミックスは自負した通り見事にプライズを獲得して、気前よくゼクシオンに寄越してくれた。毛玉の手触りに夢中になっているゼクシオンを見て自分にも一つ、とその後再度挑んだものの、そのあとは運に見放されたのかてんで駄目で、すっかり散財していた。申し訳ないので来週ランチを御馳走するのだ、とゼクシオンが話すのを、ふうん、とマールーシャは聞いている。その眼はじっと毛玉を見つめたままだ。
 ゼクシオンは何を考えるでもなくまた毛玉を膝の上で弄んだ。思った通り、手触りは最高である。欲しいわけじゃないなんてあの時は言ったものの、部屋に迎えてみたら愛着が湧いて、いつでも手の届くところに置いていた。
 ふわふわの毛並みの下の柔らかな弾力を掌に楽しんでいると、隣にマールーシャが腰を下ろした。と思ったら、言葉もなくゼクシオンから毛玉を横取りした。あ、とゼクシオンが声を上げるも、マールーシャは構わず毛玉を目の高さまで持ち上げて睨み付けるように眺めている。並んだ二つの桃色を見て、ゼクシオンは確信する。やっぱり、そっくりだ。

「没収」

 容赦ない声が飛んできて、ゼクシオンははっと我に返る。

「え、ちょっと、僕の毛玉」
「は? なんだその入れ込みようは」

 不機嫌そうにマールーシャは言いながらむんずと毛玉を掴んで背後に隠してしまった。

「こんなのただの毛玉じゃないか」

そういうと、マールーシャはぐっと身を乗り出してゼクシオンの胸に自分の頭を押しつけた。見慣れたふわふわの癖毛が鼻をくすぐる。浮気は許さん、などと呟くのが聞こえて、ついゼクシオンは噴き出した。

「嘘でしょう、妬いてるんですか」

 マールーシャは答えない。黙ったまま頭を押しつけているので、ゼクシオンは愛しい癖毛に指を絡ませた。あたたかい。毛玉にはない温もりに、思わずその頭をそっと抱く。

「さあ、好きにしてくれ」

 少し満足したのか、機嫌の直った声でマールーシャが言った。くすくす笑いながら髪の毛を撫でていると、彼の後ろに桃色の毛玉がちらと見えた。

「……貴方にあげます、僕の毛玉」
「え、いらないが」
「仲良くしてくださいね」

 桃色同士、と付け加えてゼクシオンは手を伸ばすと毛玉を手に取り、マールーシャの膝の上に置いた。マールーシャは憮然として桃色の塊を眺めていたが、やがて納得したように毛玉を摘まんで言った。

「まあ、この部屋に似たような輩は不要だしな」
 ゼクシオンも頷いて、徐々に重たくなる桃色を受け止めてシーツに背を預けた。

 

*9がたまに「毛玉ちゃん元気?」とか聞いてたら可愛い


今日の116
たまたま見つけたぬいぐるみがあの人に似ていたのでつい買って帰る。妙にかわいくて愛でていたら取り上げられた。「こんなの別にかわいくない」って……やきもち?心配しなくてもいちばん大好きだよ。