089 ソファで仰向けに寝転んでくつろいでいたら

 キッチンで作業をしていると、廊下の向こうから鍵のまわる音がした。家主が帰ってきたようだ。
 その日、ゼクシオンはマールーシャの自宅に来ていた。渡された合い鍵で彼の部屋に来るのも、最初は遠慮と緊張で気が進まなかったものの今ではすっかり慣れたものだ。週末を迎えるのにゼクシオンが鍵を使ってあれこれ支度を整えながら彼の帰りを待っているのはもはや恒例になりつつある。
 火を使ってる最中だったので彼が入ってくるのを待ってると、いつもよりも足取り重たくマールーシャがのそのそとキッチンに入ってきた。
 あ、疲れてるな、と瞬時にゼクシオンは思う。お帰りなさい、と声をかけると、うん、と言ってマールーシャはコートも脱がないままゼクシオンの肩に頭を落とした。ふわりと彼の匂いに混じって冬の冷たい外の空気を感じた。
 ああ、結構きてるな、とゼクシオンは肩にかかる重量を受け止めながら考える。仕事が忙しい時期だと最近ずっとこぼしていた。思うように休みが取れなかったりしてゼクシオンとも連絡が取れない日も多かった。週明けにかけての連休を死守するために、今日まで頑張ってくれたのだろう。
 火を止め作業を中断すると、手に握られたままの鞄を代わりに持ってゼクシオンはマールーシャをリビングへと促した。

「何か飲みますか」

 ソファに座らせたものの、深く沈みこんだマールーシャはぼんやりしてあまり聞いていなさそうだった。冷たいお茶を注いだグラスを渡しても、ありがとうと受け取って飲まずにぼんやりしてる。
 きりのいいところまでやってしまうので、と言い残すとゼクシオンはキッチンに戻り中断していた作業にけりをつけた。あとは温め直せばいつでも食事に出来る。

 エプロンを外すとまだぼんやりしてるマールーシャのところに戻って、ひとまずお茶を飲み干させた。グラスを受け取って机に置くと、ググッと力を込めてソファにマールーシャを押し倒そうと体重をかける。積極的すぎるようにも思える行動にマールーシャがやっと反応を見せた。なんだ、というのも構わずその上に覆いかぶさるようにして乗る。首元に顔を埋めて、分厚い身体に自分の体をぴったりと密着させた。余さず全体重をかける。重いだろう。でもこれが効くのだ。
 身体にのしかかる重さ、体温。首元にかかる呼吸。重くて息苦しくても、少なくともこうしている間は何も考えず、息苦しさと体重に意識を向けていられる。
 画期的なアイディアだとゼクシオンは思いながらも、実はこれは、以前ゼクシオンがふさぎ込んでいた時にマールーシャがやった手法だった。彼ほどの大きな体に伸し掛かられると本当に息もできないくらい苦しくて、胸の中に巣食っていた悩みはその瞬間は霧散していた。しんでしまう、と真っ赤になって抗議すると、少し元気出た? と聞くその言葉と、彼の体温と体重に身を任せていた自分にはっとしたものだった。

 腕が背中に回され、力強く抱きしめられる。上に乗って主導権を握っているのは自分のはずなのに、こっちも苦しい。は、と息を漏らすとさするように背中を撫でられた。負けじと背中に腕を差し入れて抱きしめる。ソファで抱き合ったまま無言でお互いの体温と力強さを感じあった。心臓の音がとくとくとどちらのものともわからず響く。

「……今週は、疲れたな」

 ふっと腕の力が弱まったと思うと、マールーシャが静かに耳元で呟いた。あまり弱音を吐かない彼がそうやって胸の内を吐露してくれるのは、実のところ嬉しくも思う。

「ご飯、できてますよ」

 そういうとゼクシオンは身体を起こした。見下ろすとマールーシャも、先程までのぼんやりとした視線からしっかりとした眼差しに戻っていた。

「それに、明日から連休です」

 彼の仕事用の余所行きの装いをすべて取り払ったら、ゆっくりと夜の時間を過ごそう。食事をして風呂で疲れを流して、今日は早く寝てもいいかもしれない。連休はこれから始まるのだ。
 お疲れの彼を精一杯労わりたい気持ちで、ゼクシオンはマールーシャのコートに手をかける。

 

*お題はやや曲解

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今日の116
ソファで仰向けに寝転んでくつろいでいたら上に寝転がってきた。重たいけどあったかくていい匂いがする。動けないし、眠たくなってきた。