092 料理を振る舞われる
昨夜のうちに洗い物を済ませておいたからであろう、シンクはすっきりと片付いてステンレスが静かに輝きを放っているし、干された食器もすっかり乾いていて、洗練された気持ちでゼクシオンはそれらを一つずつ食器棚の中に収めていった。
ほどなくしてすっかりリセットされたキッチンに一人佇む。一日の始まりを斯様に始めることができるのは気持ちのいいものだ。そしてそれはひとえに物事を後回しにしない恋人の慣習によるものである。後でまとめて片付けよう、と雑事を溜めがちな自分とは正反対だ。そんなことを考えながら、ゼクシオンは冷蔵庫を開けて中を検分した。卵は十分にある。手を滑らせないように注意深くそのいくつかを掴み取って、転がさないようにボウルの中に落ち着ける。
今朝のメニューはオムレツにすると決めていた。いつか振る舞ってもらった、あのふわふわのとろとろを、自分でも作りたいと考えていたのだ。
難しいのは火加減。バターの焦げる匂いに気をよくして溶き卵を流し入れるが、練習を重ねた自宅のキッチンとの勝手の違いに手間取っているうちに火が通りすぎてしまった。あちゃー、と思ったときにはもう時すでに遅し。これ以上はスクランブルエッグになってしまう、と慌てて火からおろしおそるおそるまとめて返すと、少し焦げ付いた表面はどうにもあのふわとろとは遠い。皿にとりわけながら、こういうところにセンスが出るのだな、とゼクシオンがやや落ち込んでいると、廊下の向こうからゆったりとした足音が聞こえてきた。
「いい匂いだ」
機嫌よく言いながらマールーシャはおはよう、とゼクシオンの背後に寄ってきた。
「失敗作ですよ」
「そうか?」
少しむくれながらゼクシオンが言うのも気にせず、マールーシャは皿を受け取って嬉しそうだ。
「先に起きて朝食を作ってくれているなんて、こんなに嬉しいことはない」
おいしそう、早く食べたい、食べよう、と畳みかけるようにダイニングテーブルへと促され、影の差していた気持ちは有耶無耶になっていった。ぼんやりしているうちにてきぱきと残りの支度を整えて、二人で食卓に着いた。外は晴れていて、柔らかい朝日が部屋に満ちている。
「ど、どうですか」
すぐにフォークを手に取りオムレツもどきを口に運んだマールーシャを見てゼクシオンは心配そうに聞く。
「おいしいよ。ほら、ちゃんと中はとろとろだ」
意外と中は無事だったようで、ゼクシオンはほっと胸をなでおろす。安心したら急に空腹に気付き、自分もトーストに噛り付いた。
「食べたら、今日はどうします」
「そうだな」
ほんの少しだけ悩むそぶりを見せたが、マールーシャはにやりと口角を上げて言った。
「部屋に戻って寝直す」
「え」
珍しく怠惰を極める提案にゼクシオンは驚いた。
「疲れてるんですか……いや、全然いいんですけど」
「朝食の準備もこの上なく嬉しいけど」
言いながら、マールーシャはテーブルの下でコツと足に足を当てた。
「やっぱり一緒に起きたいと思って」
マールーシャの言葉を聞いて、一人先にベッドを出てしてしまった早朝を思い出した。絡みつく腕から抜け出して、オムレツのことばかり考えていた自分は部屋に一人彼を残してしまったのだ。
「……昼まで寝直しましょうか」
輪をかけて怠惰なゼクシオンの提案に、マールーシャは満足そうだった。
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今日の116
料理を振る舞われる。見た目はそんなに良くないし、少し火が通り過ぎてるけど優しい味がする。「おいしい?」ってそんな顔で聞かれたら、イエスとしか答えられないでしょ。また作ってね。