№6の不在 - 2/2



 さて、マールーシャが無事に任務を遂行して帰還したのはまだ夕刻の頃合いであった。二人分の任務をこなした割には早く終わったな、と、まだ誰も戻っていない様子の城内を見渡す。出払っているに越したことはない。
 マールーシャはそのまま私室へ――は向かわず、そのままいくつか部屋を通り過ぎた先のドアの前に立った。軽くノックをするが、返事はない。しっかり施錠もされているのを確認すると、回廊を開いて無理矢理中に入り込んだ。明かりもつけない暗い部屋の中で、自分の気配を察知して息をのむ音が聞こえる。

「私だ」

 マールーシャが短く言うと、相手は警戒しつつもすこし緊張を緩める。部屋の隅で黒い影が蠢いた。

「様子はどうだ」
「……変わりありませんね」

 絶望的な声が部屋の隅から聞こえる。マールーシャは溜息をついて声のする方へと歩みを進めた。ベッドの上で黒いコートに身を包んでうずくまっている人影は、自分が朝方様子を見に来た時からほとんど変わらない姿勢だった。暗い部屋ですっぽりとフードまで被っている彼こそ、機関のナンバー6、ゼクシオンだ。

「任務は無事終わったのでしょうね」
「そう噛みつくな。こちらとしては感謝してほしいくらいだ」
「……わかっています」

 苦虫を噛み潰すような渋い声でゼクシオンは小さく礼を述べる。

「サイクスは何か言っていましたか」
「何も。任務の遂行以外に興味を持たない、つまらない男だ」

 そういうとマールーシャはベッドに腰掛けて黒いコートの塊に手を伸ばして相手を捉える。

「顔を見せてみろ」

 ゼクシオンは身を固くして渋る様子を見せたが、変わらない状況にこのままでは埒が明かないと観念したのだろう、おずおずとフードを脱いでみせた。蒼銀の髪がさらりと零れ、蒼の隻眼が恐る恐るマールーシャを見上げる。一見すると普段とあまり変わらないその様子にマールーシャは首をかしげて見せた。

「……むしろどこが変わったのかわからんな」
「馬鹿にしているんですか」
「服を脱いでみたらどうだ」
女性・・にそんな不躾な発言をしたら引っ叩かれますよ」
「おっと、これは失礼」

 マールーシャはうやうやしく詫びると、脱がせても? とコートのファスナーに手をかけた。沈黙を肯定と捉え、そのままスライダーをゆっくりと下ろす。コートを脱ぎ去ったゼクシオンの身体をマールーシャはじっと見つめた。もともと細い体格ではあったが、さらに一回り細くなったように見えた。肩はなだらかで、黒いインナーの袖から伸びる腕は、折れてしまうんじゃないかと心配になるくらい細い。腰回りのくびれもいつもよりはっきりとしている気がする。そして、この身体の変化を決定づけるのは、控えめながらも丸く膨らみを持った両の乳房。

 そこにいるのは、確かにゼクシオンではあった。ただし、現在はなぜか女性の姿をしている。

「結局原因はわからないのか」

 マールーシャの問いかけに、力なく目を伏せてゼクシオンは嘆息した。

「お手上げです。昨日のワールドで受けた攻撃が何らかの影響を及ぼしたとか……そんなことくらいしか思いつきません」
「元に戻る方法は」
「判明してたらとっくに試しています」

 不機嫌に答える様子から、まだ元に戻る方法は割り出されていないようだ。喉を通る声も、声帯の作りが変わったせいか、独特の雰囲気は残しつつもやや高く女性のそれだ。いつもと違う様子にマールーシャも困ったように眉を寄せる。

「やはり、ヴィクセン殿に診てもらうのが早いんじゃないだろうか」
「それは……最終手段で」

 腐れ縁の名前を聞くと心底嫌そうにゼクシオンは顔を歪めるが、遅かれ早かれ彼の手を借りることになるだろうとマールーシャは予想する。身動きのできないゼクシオンは完全に手詰まり状態だった。

「早く元に戻れるといいな」

 マールーシャはそう言いながら脱がせたコートを拾い上げるとゼクシオンの肩に羽織らせた。こうして身体を覆ってしまえば、いつもの彼そのものだ。いや、よくよくみれば、少し肌はふっくらとしてシルエットも丸こいような気もする。

「どういう感覚なんだ、いつもないものがあるというのは」

 マールーシャがゼクシオンの胸元を見下ろしながら質問するのでゼクシオンは不快そうに睨み返した。

「女性の身体に興味がおありで?」
「女性の身体に興味はないが、お前の身体には興味がある」

 正直な答えにゼクシオンは少し警戒心を解いてふっと息を漏らした。

「確かめてみますか、ご自身の目で」

 そう言いながらゼクシオンは今羽織らされたばかりのコートをするりと肩から落とした。チェーンが床に当たって金属音が響くのに、マールーシャは眉をひそめる。

「レディはそんなはしたない誘い方はしないと思うが?」
「……貴方、何も感じないんですか」

 そう言うゼクシオンは焦れた様子でベッドの上でマールーシャににじり寄った。

「そんなに逞しい身体で、雄の匂いをさせて……」

 細い手がマールーシャにまとわりつくようにコートの上から身体を撫でる。どうやら彼(否、彼女)の中の雌の本能が勝っているらしい。すっかりあてられた目をしてゼクシオンは熱っぽくマールーシャを見上げていた。

「お前は快楽に弱いからな」

 仕方のない奴だ、とマールーシャが腕を広げると、素直にゼクシオンはその中へ収まった。首元に顔を埋め、すうすうとマールーシャの匂いに夢中になっている。
 雄々しい匂いを嗅ぐだけでは飽き足らず、僅かに露出した首筋に歯を立て捉え、音を立てて何度も吸い付いた。手でマールーシャのコートのスライダーを探り当てるとジィとそれを引き下ろし、広く首元があくとたまらずにまた顔を埋める。マールーシャがされるがままなのをいいことにゼクシオンは積極的に求めた。やがてその細い手がマールーシャのコートを脱がせ、体のラインを確かめるようにねっとりと撫でた後、固くなったズボンの前に手を置いてゼクシオンは見上げて言った。

「たってますよ。はしたない」
「は、どっちが」
「……このまま、してみますか」

 そういうとゼクシオンは今度はそっと自分の下腹部に触れ、ぽつりとこぼす。

「ノーバディって、妊娠するんでしょうか」
「研究者気質か? 冗談が過ぎるぞ」

 マールーシャは本気で嫌そうな声を出したが、のぼせきったゼクシオンは構わずに自分のベルトに手をかけた。躊躇う様子もなくズボンを脱いでベッドの下に落とすと、マールーシャの手を取り自身の股間にあてがった。いつもあるものがない代わりに、下着越しでも中が熟れていることが十分にわかる。

「でも僕の身体は今、紛れもなく女性なので」

 そういいながらゼクシオンは熱のこもった眼差しでマールーシャを見上げた。もう、肉欲で頭がいっぱいになっている目だ。

「貴方が欲しくてたまらない」
「……普段のお前の口から聞きたいものだがな」

 いつになく素直なゼクシオンの欲求に免じて、マールーシャはゼクシオンを抱えると向い合わせに膝の上に跨らせた。ねだるような目線を受け流して細い身体を抱き寄せると、確かめるようにその身体に手を這わせた。浮き立った背骨。いつもよりも細い腰。手が下っていくにつれ、肩にあたるゼクシオンの吐息は浅くなっていく。
 下着の上から小さな突起に爪を立てるようにして引っ掻くと、ゼクシオンは身体を跳ねさせ声を上げながらマールーシャにしがみついた。初めての感覚なのだろう。下着の縁から手を差し入れると、そこはすでに愛液を溢れさせて情欲の限りを主張していた。本来男であるはずのゼクシオンから発せられる甘酸っぱい雌の匂いにマールーシャは軽く眩暈を覚える。
 マールーシャの指が下着の中でかき混ぜるようにして音を立てながらその蜜を指に絡めるさまにゼクシオンは息荒く身を任せていた。マールーシャの肩に縋り、先を促すように何度も甘噛みを繰り返している。
 そうしてマールーシャはしとどに濡れた指をその入口へ向かわせた。ゼクシオンの肩が期待に震える。欲しがっている。マールーシャはゼクシオンを強く抱き寄せると、ひくひくとねだるような雌孔へ――は触れずに、そのまま会陰部をなぞるように指を進めるとさらにその先にある小さなすぼみへと力を込めて指を押し当てた。

「んぇっ……!?」

 予想外の刺激にゼクシオンの口からは間の抜けた声が漏れ出た。小さな悲鳴を気にも留めずに力を込めると、そこは彼自身の体液で滑らせたマールーシャの指を簡単に飲み込んだ。抉るように指でかき回されてゼクシオンは身体を跳ねさせながら抗議の目を剥く。

「なんっ……なんでそっち……!」
「なんでってお前、こっちは使ったことなどないだろう」

 そう言いながらマールーシャは一度秘孔から指を抜いた。マールーシャの言葉の意味を飲み込めぬも、ゼクシオンがはっと期待をこめて息をのむのが聞こえる。再びマールーシャが女性の入口に指をあてがい、左右に開かせたのだ。溢れる蜜を指に絡めとっていく。糸を引くほどに濡れそぼったそこは、マールーシャを求めてかくかくと身体を揺らし誘うが、十分に濡れたそれをマールーシャは再び後孔へとあてがい、そのまま二本、力を込めて押し込んだ。身体の作りが変わったとしても、男女とも同じこちらならば、未使用ではないはずだった。窮屈だがぬるりとマールーシャの長い指を受け入れると、知った感覚にゼクシオンは身震いしながら声を漏らす。

「知らぬお嬢さんの初めてを奪うわけにはいかないからな」

 ぐ、力を込めて奥を目指すように徐々に指を進めると、ゼクシオンは身体に刻まれた悦びを思い出したかのように鳴いた。指は、すっかり根元まで飲み込まれている。
 物足りなさを訴えるように発せられる聞きなれない高い声に、マールーシャは溜息をついてから開いている手でその口元を覆う。苦しげに鼻から息を漏らすゼクシオンの恨みがましそうな瞳を覗き込んで、マールーシャは穏やかに告げるのだった。

 

「早く、元に戻れるといいな」

 

*ガチホモで女性は抱けないタイプの11(女体化の意味…)

20210304