37℃でとろかせて - 2/2
ゼクシオンが来たのに気づいてマールーシャは優しく微笑むと、近くに来るようにと手招きをした。ベッドに乗りあがってそばに行くと、乗ってくれと腹の上を指さされる。珍しく色々リクエストされるなあと思い――もちろんそのどれもが嬉しいのだけれど――負担にならないよう気遣いながらそうっと腰骨のあたりに跨った。ゆっくりと体重をかけていきながら、おそるおそるマールーシャを見やる。
「重くないですか」
「全然。もっとこっちへおいで」
嬉しそうに言いながらマールーシャが身を起こすとほぼ同じ高さに顔がきて、どきどきした。長い睫毛も、切れ長の目も、何度見ても何年一緒にいてもずっと好きだった。
起き上がった勢いでそのまま短くキスをした。至近距離で感じる彼の体温は風呂上がりのせいかいつもより熱い。しっとりとした温かさ、触れる唇の柔らかさ、甘い香り。
「……バスタブに入れた、あれは何の香り?」
「ゼラニウム」
囁くように教えられたその名を、次に巡り合うときまで覚えていられるかは自信がなかった。ゼラニウムの甘い香りは心を癒してくれるけれど、彼の匂いと混ざったそれはもっと妖艶な何かに変わり、深く吸い込むと身体の奥に新たな熱を生み出す。それがまた、たまらない。冷静でいられるはずがない。
もっと堪能したい、と思った矢先にマールーシャの方から離れていった。長く息をつきながらこてんとゼクシオンの胸に頭を垂れたのをみて、やはり相当お疲れなのだと理解する。使命感に駆られ、腕を伸ばして包み込むように彼の頭を抱いた。ほんの少し躊躇したが、髪の毛を梳くようにそっと撫でるとより気を許してくれたように彼が力を抜いたのが分かって、ゼクシオンは少しうれしく思った。
健全なスキンシップを楽しんでいたのも束の間、すぐにマールーシャの指がシャツの裾から潜り込んできた。ゼクシオン、もう熱い。そう言いながら、ひたりと掌が肌の上を滑った。風呂上がりだから、と反論しかけて、でも指がどんどん這い上がってくるので返事ができない。背中をたどり、脇腹をなぞり、指の腹が胸の突起を掠めるともはや心中穏やかではいられなかった。
男の乳首など何のためにあるのかと長年思って生きてきたが、マールーシャが根気よく愛で続けた甲斐あってか、今では彼の望む反応を見せるようになってしまっている。押しつぶすように指先に力を込められると思わず逃げ腰になってしまう。そうするとすかさずマールーシャの腕が腰にまわり、身動きがとれぬまま徐々に翻弄されていった。
着ていたものを捲り上げ、マールーシャの濡れた唇が胸の突起に触れる。すぐに熱く包まれてしまい、執拗な愛撫にやがて堪えていても声が漏れ始めた。優しく包み込んでいてあげたかったのに、いつのまにかしがみついたいるのはゼクシオンの方だ。
跨っているせいでだらしなく開かれた足の間はとっくに熱くなっていた。身体が密着しているから彼にも伝わっているにちがいない。とはいえマールーシャの方も、ゼクシオンの下でその膨張を主張している。互いにまだ服を着たままで、布越しに触れ合うもどかしさにまた気持ちが昂る。
同じくして焦れ始めたのだろう。腰、浮かせて、とマールーシャが耳元で囁いた。言われるがまま膝に力を入れて身体を浮かせると、マールーシャは下半身を覆っていたものを脱ぎ去った。ゼクシオンもそのまま同じようにして身に着けていたものを外す。下を脱いだだけの格好で、すぐにまた元の体制に戻った。二人して中途半端な格好で、服を脱ぐ余裕すらないのかとあきれてしまいそうになるが、事実余裕などなかったのである。
「柔らかい。解してくれたんだな」
マールーシャが濡らした指を差し入れながらとろけそうな声で囁いた。無論準備は万端にしてある、すぐにでも彼を迎え入れられるように。目を合わせられずに首だけで小さくうなずくと、マールーシャはため息をついてぎゅうとゼクシオンを力強く抱き寄せた。同時に長い指がぬるりと奥を進み、ゼクシオンはまた短く息を飲む。
余裕がないなりに丁寧に解してからようやく欲していた熱がそこへあてがわれ、ゼクシオンの身体は期待に震えた。
潤滑剤を纏い先端がやわらかく体内へとめり込んだところで、不意にマールーシャは主導権をゼクシオンに託す。久しぶりの感覚に、おそるおそるゆっくりと腰を落としていった。痛みはない。よく知った形で身体の奥が埋められていく。おおよそすべてが収まるとゼクシオンは安堵ともつかぬ息を吐き、マールーシャは震える身体を抱き寄せてキスを落とした。やっと、くっつけた。内緒話のように小さくささやく声がこそばゆかった。
主導権はそのままに先を促され、ゼクシオンはベッドに手をついて身体を揺らし始めた。きしきしとベッドが小さく軋む。上に乗って自分から動くことは不慣れで、彼からしたらもどかしいことだろう。というか、自身もどかしい。こんな格好では思うように互いのいいところを探るのは難しくて、じれったい。それでも表面で触れ合う身体の密着感が心地よく、マールーシャの手が身体の色々なところをさするのにゼクシオンはだんだんと一人で気をよくしていった。焼かれるような視線を感じていたが、目を瞑って身体の奥に燻る快感に集中した。
だんだん動きが滑らかになり身体が開いてくると、動きに合わせて自然と声も出るようになった。いけない、自分ばかり気持ちよくなってしまって、今日は、そういうのじゃないのに、と思えば、もう少し奥までしたらいいだろうかとか、早く動けばいいだろうかとか、何を試みても結局自分が煽られてしまうばかり。
相手の息遣いが変わったのに気づいてそうっと目を開けると、とろけるようなまなざしのマールーシャと目が合った。また体が熱くなってしまう。
「疲れるか」
「いえ……。あなたは……その、気持ちいい?」
「最高だ」
うっとりとマールーシャは言うと、ゼクシオンの額に張り付いた髪の毛をかきあげ音を立ててキスをした。ほう……と気持ちがふやけていきそうになりながら、また少し使命感を燃やした。
「このまま、いけそう?」
「中で? いいのか?」
返事をするのは気恥ずかしくて、こくりと頷いた。後処理が面倒だのなんだのと普段は避けがちな行為だが、あとで流れてしまうとしても、今日はこの身体で彼をあますことなく受け止めたいと思ったのだ。
今のでもういきそう、と笑いながら、促すようにマールーシャの手がゼクシオンの腰を掴んで力をこめた。ゼクシオンもまた応えたい一心で、再び深く身体を沈める。半身を相手に預けながら、できる限りいつも彼がするように、絶え間なく身体を打ち付けた。
また強い視線を感じている。みないで、とうわごとのようにつぶやきながら、しかしかたくなったそれが身体の奥を押し広げる快感にもう抜き差しを止めることができない。徐々にのぼりつめようとして、追い上げるように動きが早まる。彼は、マールーシャは、ちゃんと気持ちいいだろうか?自分が先に達してしまいそうで、縋りつくようにしながら必死で身体を使った。
ひっきりなしに声が零れ落ちて、もう、自分がいってしまう、と思った矢先、ぐっと自分を抱く腕が強くなった。びくびくっと大きな体が震え、彼が先に達したのだとわかる。結合部があたたかくぬめりだし、中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感覚に頭が真っ白になって、ゼクシオンもそのまま追うように果てた。ああ、と情けなく声が漏れる。
崩れるように身体を預け荒く呼吸を繰り返していると、しっかりと抱き寄せられて優しく頭を撫でられた。あれ……いつの間にか形勢逆転されている。
息が落ち着いてからそっとマールーシャを見上げた。満足そうにしていて、ゼクシオンも安堵する。
「……ちゃんといけましたか」
「わからなかったか?」
そういってマールーシャが不意に身体を浮かせた。まだ挿し込まれたままの局部が音を立てて突きあげられるので、ゼクシオンは再び声を漏らしてマールーシャにしがみついた。あ、これは。
「おさまりそうにないな」
にい、と細くなったマールーシャの目はまだ爛々としていた。
後頭部に手が回り引き寄せられるようにして唇を奪われると、そこから先はマールーシャのたなごころのうえとなる。
徐々に彼が主導権を取り戻していくのをされるがままにゼクシオンは身を委ねた。何度も何度も名前を呼ばれ、返事をしても手を握り返しても、届いていないように必死な様子で求められるのにとろかされてしまいそうになりながら、なんとかマールーシャの目を覗き込む。きれいな色の瞳の奥に燃えるような熱情をみたら、すっかりとろけているのは彼もまた同じだとわかった。
「月末の連休は、どこに行きたい」
汗も引いて落ち着いた頃合いで、また唐突にマールーシャがそういうのでゼクシオンははてと首を傾げた。そんな仕草にも構わぬ様子で隣りに寝転んだマールーシャはまだぼんやりと天井を見上げながら、少しくらい足を伸ばそうか、二泊、いや一泊でもいい、と考えを巡らせている。布団の中では、まだ指先が触れあっていた。
「出勤になるって言ってませんでしたか」
「しなくて済むなら行くものか。多忙の甲斐あってどうにかなりそうだ」
マールーシャはそういうと鼻に皺を寄せてにっと笑ってみせた。
どうやらここ最近特に根詰めていたのは、月末の連休を死守するためだったらしい。仕事が一段落したという彼の表情はすっきりしていた。
随分と心配をかけた、といいながらマールーシャは触れた指先を深く絡ませる。降って湧いたご褒美のような提案に、心は穏やかに満たされていく。
燃えるようだった熱が落ち着いていくまでの心地よい微熱の時間に身を任せながら、眠くなるまで小旅行の計画を話し合う。最近にない非日常的なものだ。
落ち着いた日常で育む時間も代えがたいが、こうして夢中なって一緒に過ごす時間もやっぱり好きなものだった。
Fin.
20210606
タイトル配布元『icca』様