或る発火点、至る臨界点 - 2/2
二人揃って根城に帰還した。それなりに本気で臨んだこともあって疲弊していた。
早く汗と汚れを落として休みたい。衣服もあちこち汚れてしまったし、ゼクシオンにいたっては顔に負った傷がそのままだ。容体を聞くと、攻撃そのものは防御が間にあったので致命傷は受けていないらしいが、吹き飛んだ際周囲の木々に当たって顔を切ったのだという。大した傷ではないと言って流れる血を袖口で拭っていたが、戦闘中の興奮状態で感覚が麻痺しているに違いない。治療は早いに越したことはないだろう。血の痕は赤黒く固まっており、見目痛々しいことこの上なかった。
「任務の完了報告は私からしておくから先に部屋に戻ったらいい。早く顔を洗うんだな」
そう言ってマールーシャは後ろを振り返った。普段なら任務後さっさと解散しているであろうゼクシオンが、なぜだか今日はマールーシャの後ろにおとなしく付き従ったままでいた。
「あなたこそ、先に着替えた方がいいですよ。そんな泥塗れでサイクスのところに行こうものなら、まともな報告すら突っぱねられるでしょうから」
言われてマールーシャは自身を見下ろす。確かに、戦闘の後半で地割れにつっこんだせいでコートは著しく汚れていた。ロビーからここまで足跡ものこってしまっている。
「まあ、それもそうか」
ゼクシオンはなんだかいらついたような落ち着かない様子でマールーシャが歩き出すのを待っているようだ。マールーシャが向きを変えて自室の方へ向かって歩き出すと、またおとなしく後ろについて歩き出すのだった。
なにやら様子がおかしい。
着替えを提案しておきながら、ゼクシオンはマールーシャの部屋までそのままついてきた。当たり前のように一緒に部屋に入るとゼクシオンが扉を施錠した。ベッドに腰掛けてブーツを脱ごうとしているマールーシャの背後に回り、靴も脱がずベッドにあがったかと思うと、そのまま後ろから抱きついた。
「靴ぐらい脱がないか」
呆れてマールーシャが言うも、ゼクシオンは返事をしない。身体に回された腕は熱い。マールーシャの首もとに縋るように顔を埋めていた。荒い呼気が耳元をくすぐる。熱く濡れた感触が肌に当たり、かと思うと続いて鋭く刺さるような痛みが走る。どうやら噛みつかれたらしい。マールーシャは溜息をついた。戦闘で昂った神経が、まだ落ち着いていないようだ。
されるがままに放っておくとゼクシオンは何度となく繰り返し歯をたてた。身体に回る腕に力がこめられ、徐々に食い込む力も強まる。身体の中に渦巻く熱を持て余しているのだろう。唇が触れ、歯が当たり、それらの合間にわずかに漏れる息遣いと小さな声は、マールーシャをもその気にさせるのには十分だった。
やがてマールーシャは絡みついた腕をふりほどいてゼクシオンをベッドに引き倒した。覗き込むと思った通り、まだ戦闘中かと思わせる挑発的な光を目に宿している。
「土足は厳禁だ」
「……僕に指図しないで」
苛立たしげにもがくゼクシオンを押さえつけながら、その下肢を割ってマールーシャは自身の身体をそこにねじ込んだ。下から再び腕が伸びてくる。押し退けられる、かと思いきや両腕は再び首に回り、力強くマールーシャを引き寄せた。まだ触れてもいないのに息があがっている。引き続き歯形をいくつも頂戴しながら、マールーシャはゼクシオンの脚を抱えあげた。しがみつかれながらブーツを脱がすのは至難の業であったが、他はまだしも汚れたブーツのままベッドにあがられるのは御免だった。
埒があかず、やがてマールーシャはゼクシオンを押さえつけると、自分がされたのと同じように首元に噛みついた。容赦なく歯を食い込ませると、悲鳴に似た声が上がり拘束が緩む。その隙をついて、ようやくゼクシオンのブーツを脱がせることに成功した。
汚れたブーツを遠くの方へ投げ捨ててからベッドの上に意識を戻すと、ゼクシオンが息を弾ませながら涙目でこちらを睨み上げていた。首元には――少々力を入れすぎてしまったようだ――赤紫色に変色した歯形がくっきりと残ってしまっている。どやされるだろうか、と逡巡するも、ゼクシオンは何も言わずに再び腕を伸ばした。素直な所作に一瞬困惑するが、求められるがままにマールーシャも再びその腕の中に戻る。濡れた唇は、今度は真っ直ぐにマールーシャのそれを求めた。かぶりつくようなキスは性急で、彼らしからぬ直情さが滲んでいた。
熱情的に求められ、脚の間においた身体を一層深く交える。触れる部分はどこも熱かった。
互いに張りつめた部分が擦れあうと、ゼクシオンが短く声を上げた。抱き寄せる腕の力が増すので、そのまま何度も、何度も体を押しつけた。微弱な刺激がもどかしく、ゼクシオンも自ら快楽にしがみつくように、脚を絡め一層身体を密着させた。もどかしいのに、服を脱ぐ手間すら惜しい。しばらく二人してまだ服も脱がぬまま焦れる動きばかりを続けたが、やがて観念してマールーシャが声を掛けた。
「……もっとこっちに来い」
「……ん……」
マールーシャが衣服に手をかけると、ゼクシオンは物わかりよく腰を浮かせた。ベルトがはずれ、ズボンと下着とがまとめて押し下げられるのも、されるがままだ。戦闘中は頑として言うことを聞かなかったくせに、快楽のために従順になる彼がたまらなくいじらしい。
局部だけ露出させた状態で手袋を外して直に触れると、露わになった彼の屹立は先端からの先走りでもうすっかり濡れていた。芯の通った熱が透明な粘液をまとい、言い尽くせない色情にマールーシャは眩暈をも感じた。
ゼクシオンは少しの間だけおとなしく与えられる刺激に身を任せていたが、物足りなくなったのか、ほどなくして自分も手を伸ばすとマールーシャの着ていたコートをくつろげて中を探った。
「今日は随分と性急だな」
耳元でそうささやきながらマールーシャはゼクシオンのかみをかき分けてこめかみにキスを落とした。汗と血の混じる珍しいにおいがした。いつもの彼にない野生的で興奮を掻き立てられる。
「いいでしょう、どうせあとでシャワー浴びるんですから、もう、このままで」
ゼクシオンは熱っぽくそう言うと、マールーシャの熱を手にした。こういう時はこっちの方が手っ取り早い。ろくに服も脱がずに、触れられる部分だけで発散させる方法。なるほど理に適って……いや、なんて動物的なのだろうか。しかし欲の発散に頭がいっぱいになっているのは二人とも同じだった。マールーシャとて、もう今更冷静な応対などできるはずないのである。
やがてその手がとらえた熱を、どちらからともなく互いにあてがう。触れ合った瞬間、ああ、とゼクシオンの口から悩ましげな声が漏れ、マールーシャも深く息を漏らした。手に手を重ね、再び唇をも重ねたのは、ゼクシオンからだった。何度貪ったかしれない唇を、こぼれる吐息を、漏れでる僅かな声を、全て自分のものにしようとマールーシャも更に深く交える。二人の間の熱をいたぶるうち、まるで身体まで深く交わっているかのように、ゼクシオンの腰ががくがくと揺れだした。なりふり構わず高揚に任せてただ頂点を目指す姿にマールーシャも己の内なる欲望を煽られ、一層強く腰を抱き寄せる。触れ合うわずかな肌の熱が、思考をも焼いていく。
「……っ、」
ゼクシオンが息を詰めた。呼気が速まり、手の力が強まる。何言か呟いたようだったが、刹那、マールーシャの胸の中で押しつけるように顔を埋めたので、彼が腕の中で身体を痙攣させたことしかわからなかった。
先端から迸る熱い液体が二人の間で跳ね、白く手を濡らした。ほとんど同時にマールーシャも腹の底の欲を放出していた。瞬間的に体温が上昇し、何もかもが焼けるように熱く感じた。荒い吐息も、肌を伝う液体も、押し付けられた身体も。自身の身震いを誤魔化すように、マールーシャはゼクシオンを抱きすくめる。目の奥がはじけるように一瞬白んだ。
力尽きたのか、急にゼクシオンは腕の中でぐったりとした。手の力が抜けていき、マールーシャにもたれたままずるずると崩れていく。不快に濡れた手のまま、その場に乗じて相手の手を握った。手の上を流れる白濁は、迸った瞬間あんなに熱かったはずなのにもうぬるく冷めはじめている。きっと、どれだけ深く触れても足りない気がした。だから求めてしまうのだろう、何度も、何度でも。
張り詰めていたものが緩んだせいか、ゼクシオンはもうそのまま意識を手放そうとしているかのように見える。おい待て、この惨状、いったいどうするつもりなんだ。
ひとり冷静になりかけながら、次第に重たくなる身体を支えマールーシャはそっとため息をつく。
「……本当に、手の掛かる奴だ」
20230504