最初で最後の夜 - 3/3
「この城の主マールーシャが、キーブレードの勇者に倒されたのですよ」
そう説明したのは自分なのに、言葉にするとその事実はひどく重たく自分へとのしかかってきた。
闇の回廊を潜り抜けた先は、昨夜訪れた彼の庭園だ。外は黄昏時。沈みかけた橙色の夕日が草木を照らしていた。
『もうお前たちの主はここへは来ないよ』
そう広くもない一帯を眺め渡すと、胸の中で静かに告げる。植物たちは表情を変えず、静かに揺れているのみだった。
ゼクシオンはふと最奥に咲き誇る一輪の花に目を止める。昨夜も目に付いた、みずみずしく肉厚な花弁を幾重にも重ねた見事な花だ。近くまで歩み寄りそっと顔を近づけるも、香りはしない。見た目ばかり立派で美しくて、それでいて本心は匂わせないなんて、まるで彼そのものだ、とゼクシオンは一人苦笑する。
今は美しく咲き誇るこの花も、力強く根付く蔦木も、もう世話をする者のいないここの植物たちはいずれ枯れて朽ちるのであろう。自分には到底守ることのできない領域だった。
「……そう、これが」
誰もいない庭園でゼクシオンは空を仰ぐ。
夕焼けに赤く染まる地平線から離れた頭上ではすでに濃紺の夜空が広がっていた。雲のない夜空には今夜も明るい月が上ることだろう。並んで眺めた月を思うと胸の内にたとえようのない感情が沸き起こったように感じたが、心無き感情はとどまることなく流れ落ちていく。
「これが、悲しいという気持ちなのでしょうか」
ここに来ることももうないだろう。ゼクシオンはフードを目深にかぶると、振り返らず庭園を後にした。
主を亡くした桃色のダリアは、ゆっくりとその花弁を散らし始める。
Fin.
20181106