シチューの晩 - 2/4
ほんの一瞬だけ意識が布団に向いたが、恋人の裸体が露わになるとすぐに意識はまたベッドの上に戻る。絶頂を迎え荒い呼吸で胸を上下させているゼクシオンを見下ろしていたマールーシャもまた息を整えながら、額に張り付くゼクシオンの前髪をそっと払った。ぎゅっと瞑られた瞼が恐る恐る開かれ、目尻に溜まっていた涙がぽろりとこぼれる。
「痛かったか」
「……いえ……でも」
「うん?」
「もう少しこのまま……」
「……うん」
マールーシャは頷いて、シーツを握りしめていたゼクシオンの手に自分の手を重ねた。強くシーツを握っていた手は弛緩し、ゼクシオンも応えるように指を絡めると、力を込めて手を引く。口元に寄せると、マールーシャの手の甲に何度も口付けた。最初は軽く触れるだけ。だんだんと音を立てて、舌をちろりとのぞかせながら。
「……まだいけそうですね」
「……おかげ様で」
早くも熱を取り戻しかけているマールーシャの身体に気づいてゼクシオンはふふと笑った。天然なんだかあざといんだか、時として挑発的な恋人にすっかり参ってしまう。
「ふ……はあ……」
呼吸が落ち着いてくるとゼクシオンはゆっくりと息を吐いた。力が抜けるとぼんやりと目を開けてマールーシャを見上げる。とろんとまどろんで熱っぽい、普段と違った甘えるようなしぐさにマールーシャはいますぐにでも胸に抱きしめたい衝動に駆られるが、深く繋がったままの下半身が皮肉にもそれを許してくれない。
腹の内に欲求不満を抱えていると、それを見透かしてかゼクシオンはそっと下腹部を撫でて満足そうに笑った。
「……ここ、あついです」
「……」
「……、ん、……んん」
「、おい」
「んっ……あ、ん」
ゼクシオンは両足をベッドにつけてわずかに腰を浮かせると、まだ芯を持ったままのそれに擦り寄るように腰を揺らしはじめた。自ら良いところに当てると、そのまま微動を続ける。
「は、は……っ、あ、ン、ここ、いい……すき……っ」
「ゼ……おい、待て」
「いっ……あ、いくっ……ぁ、あっ」
繋いだ手に力を込め、かくかくと自分勝手に腰を打ちつけると、なんとそのまま身を震わせながら一人で頂点に達してしまった。
突然の出来事に理解が追い付かず、マールーシャが愕然としていると、ゼクシオンは崩れるようにベッドへと倒れ込む。脱力した拍子にぬぷりと陰茎が抜け落ち、ゼクシオンはまた小さく声を上げた。肩で息をしながら薄目を開けてくすりと笑みを漏らしたのを見て、マールーシャは遅れて一気に頭に血が上る。
「お前……っ!!」
「……あは、すごい顔」
「ただじゃ済まさないっ……」
柔く握られた手を振りほどいて膝の裏を掴むと大きく足を開かせ、すっかり高ぶりを取り戻した雄を再び奥まで深く突き進める。ゼクシオンは背中を仰け反らせて悦びに身を震わせた。
「ぅうん……あぁっ!」
ゼクシオンの喉から漏れ出る甘美な声と交互に耳を覆いたくなるような卑猥な水音が結合部分から響き、それらはより一層マールーシャの感情の高ぶりを煽った。口では強気なゼクシオンも、こうも組み敷かれては先ほどまでの挑発の姿勢から打って変わり、押しつぶされそうな体躯に揺さぶられるがままなすすべもなく快感に身を任せているばかりだ。身体を打ちつけるたびに押し出されるような喘ぎ声が暗い部屋に大きく響く。
「か……っは、あ、あっ、だめ、あ、きもちい……っ」
理性がぐずぐずに溶けたゼクシオンは快楽に素直だ。気持ちいい、そこがいい、もっと欲しい。攻めれば攻めたてるほどぼろぼろと本音をこぼす。
「あ、はげし……の、すき、っん、あ!」
「なら最初からそう言えっ……」
激情のままにめいっぱい開かせた足の間に深く身体を沈めれば、熱く柔らかいそこは吸い付くように昂りを受け入れる。激しい抜き差しに悦びを逃さないようにきつく締めあげられると、マールーシャも更に息が乱れた。
「ふふ」
この状況下で尚もまだ挑発的な笑みを見せるゼクシオン。一体どれほど煽れば気が済むんだ?
擦り上げるようにして敏感な部分を攻め立てると、表情は一変して蕩けた雌の顔になる。自分の動きに合わせるように色めかしい声が余裕なく断続的に上がるのを聞いて、マールーシャは自分が彼を支配していることに興奮した。そうだ、何も考えなくていい。快感だけ感じていろ。私だけをみていればいい。
「マールーシャぁっ……!」
一際高く名前を呼ばれはっと我に返る。涙ながらにゼクシオンがこちらに腕を伸ばしていた。
「……手」
息も絶え絶えに、すがるように弱弱しく向けられたその手を見て、つい先ほど激情に任せて繋いでいた手を振りほどいてしまったのを思い出す。伸ばされた手を取ると、指先まで熱い。しっかりと握るとゼクシオンは安心したようにまた目を細めた。
「離さないで」
甘えるような、それでいて艶やかな声に、彼への愛しさが振り切れそうになる。
「離さない」
短く答えてその手を強く握り、指先に口付けると縫い付けるようにしてベッドへと押し付けた。覆いかぶさるように体勢を変え、手を握り合いながら、再び欲のままに律動を強める。ゼクシオンの口角から垂れる唾液を舐めとると、そのままむしゃぶりつくように舌に吸い付いた。顔を寄せると涙で濡れた頬が熱い。絡み合う舌も、唾液も、何もかもが熱を孕んでいて、頭の中まで沸騰しそうだ。
夢中で互いを求めあい、何度も名前を呼んだ。ゼクシオンは力を込めて手を握ると、大きく身体を痙攣させて何度目かの絶頂に果てた。追うようにしてマールーシャもその身体に欲を放つ。
精を注ぎ尽くした後、肩に頭を預けて息を荒げていると、しなやかな腕がそっと頭を抱いた。髪の毛を撫でるその柔らかい感覚に、すべてを投げ出して溺れてしまいたくなる。
言葉にできない気持ちを押し付けるように、恋人の胸の中に沈み込んだ。まだ激しくどくどくと脈打つ音が、全身で感じる燃え上がるような体温が、生を感じる呼吸の音が、何もかも心地よくて、もう、何も考えられない──………