シチューの晩 - 3/4

「雪だ」
 カーテンを引こうとして窓辺に近寄ったマールーシャは、外にちらちらと雪が舞うのに気づいて思わず声を上げた。ゼクシオンものそりと布団の中から顔をのぞかせるが、起き上がる気力はほぼ残っていない。濃密な夜の時間を堪能し、色々な体液をまとった身体を洗うべく二人で浴室に向かい、(更に数回気持ちよくなってしまい、)服を着て寝室に戻ってきた時にすでに深夜をとうに超えていた。時計の針はもうすぐ三時を指そうとしている。
「天気予報通りですね。都心でも降るかも、と」
「積もるのか」
「まさか。明日には小雨でしょう」
「なんだ、つまらないな」
 マールーシャは残念そうに言いながら窓に手をかける。
「あ、ちょっと、開けないでくださいよ」
「え、少しくらい」
「だめ、部屋が冷えます」
 布団をきつく身体に巻き付けながらゼクシオンはたしなめるように語気を強めた。渋々とマールーシャがカーテンを引くと、はやく、と少し布団を持ち上げて催促する。ベッドに戻り、仰せのままに布団の中に身を滑り込ませると、あたたかな体温を求めてゼクシオンは身体をマールーシャの身体にピタリと寄せた。
「寒いのは嫌いなんです」
 すり寄るようにしてゼクシオンは小さくつぶやいた。
「私は嫌いじゃない」
 髪の毛を梳くように撫でながらマールーシャは答える。
「寒いと良いことが多いからな」
「例えば?」
「シチューとか」
 ああ、とゼクシオンは思い出したように顔を上げた。
「お気に召しましたか」
「最高だった。毎日でも食べたい」
「また作りに来ても?」
「是非頼む」
 寒い外から帰宅したときの暖かな食卓を脳裏に思い描く。寒さは恋人と過ごすのに最高のスパイスだ。
 ゼクシオンも満足そうに微笑むと、ゆったりとベッドに沈み込む。一つ布団の中で、触れ合うところから体温が混ざり合うような感覚が心地よい。
「貴方は……あったかいですね……」
 ゆっくりとした声はもう眠そうだ。布団を引っ張り上げて肩が冷えないように覆ってやると、すっかり安心しきった顔でゼクシオンは目を閉じる。安らかな表情はいつまででも眺めていられるであろうほど微笑ましかったが、間もなく意識を手放そうとする彼のためにマールーシャは照明のリモコンを手に取った。
 部屋の中は穏やかに暖まり、隣には恋人がいる。
 寒くて暖かい、いい夜だった。マールーシャは満ち足りた気持ちで静かに照明を落とした。

 

Fin.

20190211

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