花芽吹く君へ - 6/6


 深夜零時。
 外から戻ったマールーシャは自室のドアに手をかけようとして、部屋の外まで甘い香りが漂っているのに気付く。扉を開けると、部屋に充満していた花の芳香が勢いよく溢れだしてきた。

「咲いたのか」

 強い香りが返事の代わりだった。静かな部屋に横たわるゼクシオンに近寄る。窓から差し込む月明かりがちょうどゼクシオンの顔をほのかに照らしていた。

「ああ、なんと美しい」

 その顔を覗き込んだマールーシャは思わず感嘆の声を漏らした。
 昨日まで蕾んでいたその膨らみは見事に開花し、月の光を浴びて白い花弁を力強く広げていた。透き通るような花弁はまるでクリスタルガラスで出来ているかのように神秘的だ。

「実に見事だ。その名の通り、貴方によく似合う」

 そう言いながら床に膝をついて顔の高さを合わせると、暗い部屋に青白く浮かび上がるその姿にマールーシャはうっとりと見入った。

 花の名前は『月下美人』。月の光を浴びて一夜だけ蕾を開く貴重な花だ。
 目を閉じて横たわるゼクシオンは、眠っているように静かで、美しくて、冷たかった。その目がもう開かれることはないことをマールーシャは知っている。身体に宿った花が開くとき、それは宿主の身体を蝕み尽くした末の開花なのだ。

「貴方の秘めた情熱とは何だったのだろうな」

 マールーシャはそう呟くと身を乗り出してその目に宿る月下美人の首に唇を寄せる。花弁を食み、ひとひら食い千切れば強い芳香が鼻孔から脳に抜けて心無き胸を焦がす。
 花芽吹く君の眠りが安らかであるようにと祈りを捧げ、マールーシャは枕元に跪いて静かに喪に服すのだった。

 

20191106