秘密 - 2/4
トワイライトタウンに出没するハートレスの掃討とその原因究明が、本日シオンに課せられた任務だった。まだキーブレードの使い方がおぼつかない部分もあるので、その練習も兼ねた軽い任務である。
キーブレードがハートレスの小郡を蹴散らすのを、監督役であるゼクシオンは少し離れたところから見ていた。かすり傷を負いながらもなんとか一帯の敵を殲滅したのを確認してから、息を切らせているシオンに近寄って声をかける。
「貴女は判断にまだ迷いがあります。武器を闇雲に振り回すのではなく、まずは一歩引いて状況を分析しなさい。キーブレードを使うべき敵なのか、魔法を使うべき敵なのか」
無表情で淡々と言いながら、ゼクシオンはシオンの腕を取りかすり傷にケアルを施す。ありがとう、と小さな声で言うも、目を合わせられずにおどおどとしているシオンを見てゼクシオンは短く息をついた。
「ご、ごめんなさい! 次はもっと頑張る……」
溜息をついたゼクシオンを見て慌てて弁明するようにシオンはキーブレードを握り直すが、ゼクシオンはそれを制する。
「少し休憩にしましょう。もう此処は敵もいません。貴女の集中力も切れているようです」
「……はい」
シオンはうなだれてキーブレードを下ろした。手の内に消えていくのを見届けた後、促されるまま広場のベンチに腰掛ける。
ここで待っていなさい、というとゼクシオンはどこかへ歩いて行った。取り残されたシオンは一人ぼんやりと足元を見つめる。呆れられてしまったに違いない。どうにもまだ、ゼクシオンの顔を見ることができなかった。油断すると先日の出来事が思い出されてしまい、任務に専念できない。こんなんじゃ呆れられて当然だ。サイクスに言いつけられてしまうだろうか……。
ほどなくしてこちらに向かってくる足音が聞こえた。ゼクシオンが戻ってきたのであろう。顔を上げられないまま爪先をじっと見つめていると、不意に視界の端に明るい色が入ってきた。見覚えのある淡い青色に思わず顔を上げる。
「えっ……」
シーソルトアイスだった。ゼクシオンが無表情でこちらに差し出していた。任務もそこそこに何の脈絡もなく眼前に現れたそれを、シオンはまじまじと見つめることしかできない。
「……」
「……」
「……受け取らないんですか」
「えっ? あ、くれる、の? 私に……?」
「他に誰がいるというのです」
「あ、ありがと……」
全く展開がわからないままシオンはおずおずと手を出して受け取った。ゼクシオンは黙って隣に腰掛ける。
「でも、どうして」
「……」
シオンはおそるおそる尋ねる。緊張していたが、見ればゼクシオンもどこか様子がおかしい。居心地が悪そうに言葉を探しているように見えた。
「……要らぬ心配をかけてすみませんでした」
やがてぶっきらぼうに放たれたゼクシオンの言葉を聞いて、シオンは初めてあの事について言っているのだと気付く。アクセルがマールーシャに何か言ってくれたに違いない。怒っているのではなく、こちらのことを気にかけてくれているのだとわかると、途端に肩の力が抜けた。
「どうしてゼクシオンが謝るの?」
「貴女が心配する必要はなかったからです。彼とは別になんでもありません」
突き放すようなそっけない言い方ではあったがシオンは気にならなかった。
「そうだったんだ。ゼクシオンが嫌がってるように見えたから心配しちゃったんだけど。マールーシャが悪いのかと思って、廊下で会った時変な態度とっちゃったなあ」
今度謝らなきゃ、と言うシオンをゼクシオンはちらと横目で見た。
「……嫌だったわけじゃないですよ」
ゼクシオンは静かにつぶやいた。
「そうなの? だって、嫌だって言ってたのに」
「大人になると、天邪鬼になっていくものです」
「よく、わからない……」
「わからなくていいんですよ」
「つまり、ゼクシオンとマールーシャは仲がいいってこと?」
「……難しい質問ですね」
シオンの純粋な質問に、ゼクシオンはまた少し間を置く。シオンは答えを待ったが、ゼクシオンはまっすぐ前を向いたまま喋らない。答えないつもりだろうか。
「否定はしないのね」
念押しするようにシオンが聞くと、ゼクシオンはふ、と口元を緩めた。柔らかい表情は初めて見るもので、シオンははっとして見入る。
ふう、と息をつくとゼクシオンは、幾分か優しい口調で諭すように続けた。
「この事は他言無用ですよ」
「たごん……何?」
全く、難しい言葉ばかり使う人だ。
「秘密、ということです。今の話も――」
ゼクシオンは言いながら姿勢を少し正した。いつの間にかその手に持たれたものを見てシオンはあっと声を漏らした。もう一本のシーソルトアイスがそこにあった。
「コレのことも、ね」
そうやってアイスを片手にいたずらっぽく笑うゼクシオンは、いつもの大人びた雰囲気とは違って年相応のあどけなさを感じさせた。
近寄りがたかった雰囲気から一転した表情にシオンは目を輝かせて身を乗り出す。
「ゼクシオンも好きなの……?!」
「まあ、昔から馴染みがあるというか」
「難しい言葉ばかり使うのね」
よくわからない、と首をかしげるシオンを見ると、ゼクシオンは少し躊躇ったものの言い直した。
「……好きですよ」
「うん、その方がわかりやすいわ」
「貴女に諭されるとはね」
肩をすくめながらゼクシオンは足を組んでベンチの背にもたれた。くつろぐようなその姿は気を許しているように思えて、シオンはなんだか嬉しくなった。
「今日の任務はこれで切り上げてしまいましょう」
「えっ、でも、サイクスに怒られちゃわない……?」
真面目なゼクシオンの口からとは思い難い提案に、シオンは驚いて目を瞬かせる。
「僕は報告書を書くのが得意なので」
どうとでもなります、とゼクシオンは澄まして言いながら海の色の氷菓子に歯を立てた。意外な一面を目の当たりにしてシオンは胸の内の暗雲いつの間にか晴れていた。
「わかった、二人の秘密ね」
そういってシオンは微笑むと、名前のわからない高揚感を胸に手の中のシーソルトアイスを見つめた。
その日のシーソルトアイスはいつもと違ってちょっと特別な味がした。
「ところで本を返しに来たということでしたけれど、随分早いんじゃないですか。ちゃんと読んだんですか」
「!!」
*ご本を借りたはいいもののろくに読まずに返そうとしているといい。秒でバレて咎められるけど、6が追々一緒に読んでくれる回がきっとある。
あと今日の任務後の時計台では14がアイス食べないって言いだすから8が2本食べさせられる。
8「2本も食えねえよ!」
13「もったいないだろ買っちゃったんだから」
8「あーもう!嫌な役目はry
14「ふふっ、ごめんねアクセル」
13「シオン機嫌いいな。何かあったのか?」
14「ひみつ!」
8にはきっとばれてる。