秘密 - 3/4

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 みずみずしく咲き誇る一輪のバラと、それを囲うように取り巻くまだ花開かぬ若い蕾が三つ。直々に手渡された小さなブーケを、シオンは緊張の面持ちで受け取ってじっと見つめていた。
 まだ警戒心を解けずに身を硬くしているシオンに、マールーシャは跪いて目線を合わせる。

「この間は怖がらせてすまなかった」

 そういいながら丁寧に頭を下げると、桃色の髪の毛がふわりと揺れて甘い香りが鼻孔をくすぐった。なんて、まるで可憐な女性かと思しき雰囲気を纏いながらも、実際眼前にいるのは屈強な大男なのだからシオンは何とも不思議な気分になる。
 マールーシャのことは嫌いではないが好きでもない。そもそも関わることもなかったが、時折会うときは温和に接する一方で、鋭い眼光を放つところが少し怖かった。他の誰よりも何を考えているのかわからなくて、アクセルも彼は要注意人物だ、なんて言ってたっけ。

「……マールーシャは、ゼクシオンが嫌いなの?」
「何故そう思う」
「だって、いじめて、泣かせてた」
「いじめか」

 マールーシャは苦笑する。

「彼は私の特別だ」
「とくべつ?」

 飛び出した意外な言葉にシオンは思わず聞き返した。

「お前に取ってのアクセルやロクサスのようなものだといえばわかるか」
「二人は親友なの?」

 なんとなく二人が並んでシーソルトアイスを食べているところを思い描こうとしたものの、ぼんやりと浮かんだその絵面には違和感しかなかった。マールーシャもまた苦笑して手を振った。

「それとはまた少し違うな。でも、大切なのは同じだ」
「大切なのに泣かせるの?」
「大切だから壊したいという感情もまたある」

 『大切』と『壊したい』という到底結びつかないその二つの言葉にシオンは混乱した。そもそもマールーシャとゼクシオンに接点があることすらあの日まで知らなかったのに、マールーシャがゼクシオンに対して特別な感情を抱いているという事実も理解しがたかった。

「よくわからないよ。大切ならいつも笑っていてほしいと思うけど」

 時計台の上で、アイスを片手に他愛ない話でふざけあった日を思い出した。三人ともたくさん笑っていた。シオンが守りたいと思う大切な時間だ。

「そうだな。貴女はそれでいい」

 穏やかな調子に戻るとマールーシャは頷いた。
 ……やっぱりマールーシャはどこか苦手だ。こうやって穏やかに優しく接してくれる一方で、誰かを壊したいなどという気持ちを持っているところに計り知れない闇を感じた。お友達にはなれそうにない。

「……お花、ありがとう。部屋に飾るね」
「水はやりすぎないことだ」
「マールーシャはお花に詳しいのね」
「花は様々な意味を持つ」

 マールーシャはそう言いながらシオンの持つバラの花にそっと触れた。

「花自体の持つ花言葉もあるが、同じ花でも渡す色、本数でその意味は無数に存在するのだ」

 シオンは今もらったばかりの小さなブーケを見つめた。花が一輪に、蕾が三つ。

「この組み合わせにも意味があるのかしら」
「時に、シオン」

 突如響いた鋭い声におもわずびくりと肩が跳ねた。今までの柔和な雰囲気は一瞬にして威圧的な空気に変わっていた。手に持ったブーケを強く握ってしまう。

「アクセルに何処まで話した」

 力強い眼差しがまっすぐ覗き込んできて体がこわばる。震えるように身を縮めながらシオンは声を絞り出した。

「……二人が一緒にいたこと」
「……ゼクシオンが、泣いてたこと」
「そのほかは」
「……言ってない」
「そうか」

 マールーシャは手を上げると、俯くシオンの頭を優しく撫でた。

「本当にすまなかった。忘れるといい」
「え?」

 はっと顔を上げた刹那、視界が光ったような気がして頭に軽いショックを感じた。
 一瞬立ちくらみのようなものを感じてシオンは膝を折る。マールーシャに抱きとめられるようにして体を預けてしまうが、なんとか踏みとどまると手を借りながら立ち直った。朦朧とした意識も、顔を上げるとやけに思考がすっきりしていた。

「ごめんなさい、なんだかよろけちゃった……。何を、話していたのかしら」
「大した話ではない」

 静かに答えると、マールーシャはシオンの背中をそっと押した。

「戻ったらいい、君の居場所へ」
「うん、お花をありがとう!」

 すっかり明るく笑うとくるりと背を向けてシオンは走り去った。
 あとに残されたマールーシャは、その背中が見えなくなるまで一人そこに佇んでいた。

“あのことは、永遠に──”

 

 

*一本のバラと三本の蕾の組み合わせにも意味があります。
11は忘却術とか使えたらかっこよいな…と妄想爆発して書きました。忘却の城主だし。
どういうことかというと、あの日14ちゃんが見てしまったのは本当は足つぼマッサージなんかではなく、116ががっつり116してるところだったってハナシです。程度はご想像にお任せします…
よくわからないしなんかずっとモヤモヤしてたけど、11が忘れさせてくれたからまた彼女の日常に戻れるはず。

かくして秘密は永遠に守られましたとさ。めでたし。