秘密 - 4/4

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 扉が完全に閉まり、がちゃりと施錠の音を確認するまでゼクシオンは指一本触れることを許さなかった。

「首尾はどうなんです」
「滞りなく」

 本当に? と疑うようなまなざしを向けるゼクシオンを優しく捕まえながらマールーシャは溜息をついた。

「レディに手をかけるのはなんともいたたまれない気分だった」
「言い方」

 咎めるように言いながらもどこか安堵した様子のゼクシオンは、太い腕が巻き付くままに許していた。

「やむを得ない事態です。余計なことで気を負われて任務に支障が出られては困ります」
「お前の痴態を言いふらされるのも困るからな」

 涼しい顔をして言うマールーシャをゼクシオンはきっと睨んだ。

「元はといえば貴方がきちんと施錠しなかったせいです」
「部屋に入るなりあんな誘い方をされたらすぐ構わないわけにいかないだろう」
「僕のせいだと? 冗談はよしてください。勝手に盛ってきたのは貴方だ」
「その減らず口を今すぐどうにかしてやってもいいんだぞ」

 ゼクシオンは言い返すことなくじっとマールーシャを睨んだまま黙っている。その目に決して嫌悪の色はない。仕方のない奴だ、とマールーシャは腕に力を込めると、髪の毛をかき分けて露わになる首筋に吸い付く。マールーシャのコートを握るゼクシオンの手に力がこもった。

 と、その直後、こんこん、と軽いノックの音が部屋に響いて二人は同時に扉の方を見た。マールーシャは腕を解きゼクシオンも素早く離れる。深呼吸をして軽く衣服の乱れがないかを確認すると、ゼクシオンは真っ直ぐ入口に向かい開錠してドアを薄く開けた。そこにいたのはロクサスだ。

「どうしたんです、こんな時間に」
「ロビーに本が置いてあったから。ゼクシオンのだろ」

 その手にはずっしりとした魔術書が抱えられていた。シオンに貸したものだ。そういえばアクセルとロビーで話したとき、そのまま置き忘れてきてしまっていた。

「ああ……ご親切にどうも。ではおやすみなさい」
「あれ? なんでマールーシャがいるんだ?」

 本を渡した際部屋を覗き込んだロクサスは、ベッドに腰掛けてくつろいだ様子のマールーシャを見つけて訝しげに声を上げた。

「……任務の話をしていただけです。もう帰らせますよ」
「なんだ、つれないな」

 マールーシャが口を開くとゼクシオンは素早く振り返って睨みつける。

「二人は仲がいいのか?」

 そういえば前もこんな話題があったような、とロクサスは幾日か前のやり取りを思い起こしながら問う。

「いいえ」

 苛立たしげにぴしゃんとゼクシオンは言い切った。

「ロクサス、もう部屋に戻りなさい。早く寝ないと背が伸びませんよ」
「経験談か?」
「貴方も出て行ってください!」

 癇癪を起こしたゼクシオンにつまみ出されるようにしてマールーシャとロクサスは部屋を追い出された。バシンと乱暴にドアが閉められ、聞こえるように施錠されたのをやれやれと見やるマールーシャはどこか楽しそうだ。

「……シオンが言ってたけど、ゼクシオンのことあんまりいじめないほうがいいと思うぞ」

 おそるおそるいうとマールーシャはおやとロクサスに向き直った。

「シオンから何か聞かされたのか?」
「マールーシャがゼクシオンをいじめてるって」
「またその話か」

 マールーシャは大げさに肩を落として見せる。

「でも、あの歯形つけたのマールーシャなんだろ」

 思わぬロクサスからの指摘にマールーシャは素に戻ってピクリと眉を上げた。

「歯形? どこにそんなものが」
「首の後ろ。さっき見えた」
「ほう。なかなか鋭い洞察力だ、ロクサス」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるマールーシャに思わずロクサスは一歩引いた。

「二人とも大人っぽいのに、意外と激しい喧嘩するんだな……」
「そういうこともある」

 短く言うとマールーシャは一人で先に歩き始めた。大人しく自室に帰るようだ。それについていくような形でロクサスも自室に向かった。

「二人ってどういう関係なんだ?」

 その質問は不意に口をついて出た。
 マールーシャは振り返ったものの答えない。妖しく微笑みながら人差し指を立てて、弧を描く唇の前に当てるだけだった。

 

20191111