止まず遣らずの雨の音 - 2/3
服は脱ぎたくなかった。一度その不快感から解放された後、乾きそうもない濡れた服に再び袖を通すのはまっぴらだった。相手も同意見らしく、最低限の肌の露出で遂行されることに暗黙の合意を得る。
冷たい板壁に向かわされ、肩を押し付けられながら、背後には揺るぎない熱を感じた。ベッドなんて気の利いたものは、当然ない。別に構わなかった。人がするそれのように愛し合うわけでもない。衝動的な肉欲を消化するためだけの戯れに過ぎないのだから。立ったまま、壁に半身を預けてゼクシオンは後ろからの圧力を受け入れた。
服の裾を捲り肌をなぞりあげるマールーシャの指先は狂おしいほど熱く、胸の上で突起を転がされているうちに染まるように体がじんと熱を帯びていく。シャツの下への刺激ばかりに気持ちが焦れて、ゼクシオンは荒く息を漏らしながら壁に爪を掻き音を立てた。無言の催促を受けた指先がようやくズボンの前を暴いていくのにぞくぞくと肌が粟立つ。
片手でベルトを緩めると、マールーシャの手は下着ごとズボンを押し下げた。見下ろせば、露わになった性器が恥ずかしげもなく自身の熱を主張してるのが目に入る。冷たい空気に触れたと思ったのもつかの間、伸びてきた大きな手のひらに包み込まれて自由を奪われた。自分を知り尽くしたその手の動きに翻弄されているうちに、ぎゅっと結んだ口の端からはやがて堪えきれない声が漏れ始める。雨に濡れた全身とはまた違う、そこだけ別の熱を纏ってぬらぬらと劣情を滴らせていく。緩く刺激を送り続けながら、マールーシャの指は先走る雫を一滴ずつ絡めとっていく。
濡れた指が後孔の入口を解しにかかる頃には、ゼクシオンは息を荒げながら身体をくねらせ自ら濡れた身体を押し当てていた。焦れる身体に構わずに馬鹿丁寧に一本ずつ指を差し入れる相手には憤りすら感じたが、やがて指が引き抜かれた後、後頭部をつかむようにして壁に押し付けられた。解したばかりのそこにあてがわれた蕩けるような熱を感じると、鼓動はその速さを増す。
頬に当たる湿った壁から強く香る木の匂いに、自分たちが事に及ぼうとしている場所が如何に見当違いなのかということを思い知らされたが、そんなことはもはやどうでもよかった。なりふりなど構っていられないほどに、相手を欲しているのが伝わるような息遣いに変わってた。自分も、相手も。
マールーシャの熱が体内に押し入る。
「ん……んぅっ……」
寒くて縮こまっている上に最低限の慣らしでまだ受け入れるには狭かったが、呻くような声を漏らしながらもそこはよく知ったマールーシャの屹立したそれをゆっくりと飲みこんでいく。
熱い。濡れた手指の先は凍えそうに冷たいのに、背後から襲い来る熱に突き動かされるように、体内は新たな熱を生み出して渦まいていく。誘うように身体を前後すると、狭く湿った体内を圧倒的質量が這いずる感覚に脳が痺れ、自分でもわかるくらいゼクシオンは身体を窄めた。もっと、奥までその熱で埋めてほしい。
「欲しがりめ」
物言わずとも激しく求める身体に気付いたマールーシャが耳打ちした。低く腹の底に響きそうな声がざらざらとした熱をもって耳をも犯す。もう十分すぎるほど外側は濡れているのに、じわりじわりと内側から潤(ほと)びていくような感覚が全身に広がっていく。生あたたかく、仄暗い欲求を満たす何かが自分の中に満ちていくのを感じて、ゼクシオンはとめどない高揚に打ち震えるのだった。
すっかり彼を受け入れた後は、言葉少なくただ身を任せた。再び神経が昂り、寒さはもう感じない。濡れた身体が火照り、狭い小屋の中は二人の身体から発せられる何かで充満していく。荒ぶる吐息を耳元に受けると、こんな場所でただひたすら動物的に交わる自分たちを思って一層情欲を煽られた。
首の後ろに熱い痛みが走る。刺されたような痛みに反射的に仰け反ると間髪入れずに深部を穿たれ、開いた喉から耳を塞ぎたくなるような淫猥な声が大きく響いた。声を出すほどそれがマールーシャを刺激するのか、後ろからの動きはどんどん激しくなる。激しさを増すと、また自分も弾けるように喉を震わせる。追いつ追われつ、訳が分からなくなるまでじっとりとした愉悦に耽った。
熔けてしまいそうな意識の中、ゼクシオンは朦朧と窓に目を向ける。室内の熱気で窓はすっかり曇って外の景色は見えなかった。二人がまぐわう音のほかに聞こえるのは、外の雨の音だけ。
自分の身体に巻き付くマールーシャの太い腕を見下ろした。血管の浮かせて力強く自分を抱くその腕に手を重ねゼクシオンは思う。
このまま雨がやまなければいい、と。