夏盛り、暁を待つ - 3/3
洗濯機がごうごうと音を立てて脱水をしているのを聞きながら、下だけ新しいものに履き替えてゼクシオンは扇風機にあたっていた。マールーシャが先にバスルームを使っている間に、汗塗れになった服を洗いに出した後だった。
あらゆる体液が飛び散った床も拭いたし、熱の引いた部屋はすっかりいつも通りだ。溶けてしまうかと思ったあの熱も今やすっかり引いて、肌も乾いていた。シャワーを浴びたいことには変わりないが、ここは狭いから交代で入る他ない。
ストックされているマールーシャの着替えを出してから外を見ると、日が落ちて夕焼けの残光も僅か、辺りは暗くなりかけていた。朝顔のことを思い出し、キッチンに行って新しいグラスに水を汲んでからベランダの鉢植えにたっぷりと注いだ。
『日が落ちたら一回水をやればいい』というマールーシャの言葉が脳裏に甦った。その時はまだ明るいのに、と思っていたが、あれこれしているうちに日が落ちる時間になるのを見越していたのだろうか。じんわりと土に水が染み込んでいくのをみつめながらゼクシオンは考えた。蔓にも水をかけてから戸締りをする。何色が咲くのか楽しみだ。
やっと人心地着くと、ゼクシオンは自分の鞄を引き寄せて市場で購入した風鈴を取り出した。透明なガラスに流れるようなタッチで二色の朝顔が描かれている。揺らすと、市場で耳にしたのと同じ涼やかな音色が部屋に響いた。悪くない。
風の通る窓際に吊るそうと思い立ち上がりかけるが、ふと思い立って手の中の風鈴を見つめた。
これは、彼の部屋に持って行ってみよう。今日の記念にと購入したものだが、自分には朝顔がある。マールーシャが彼自身用に何か購入している様子はなかったし、シンプルで小さな作りのそれは彼の部屋でもインテリアの邪魔にはならなそうだ。二人で過ごすことの多い部屋に、短い夏の期間だけ飾らせてもらうのはそう悪くないことのように思えた。硝子細工を箱にしまうと、まだマールーシャがバスルームから出てこないうちにそっと鞄に忍ばせた。
他に片付けるものはないかと部屋を見渡すと、机の上に麦茶のグラスがそのままになっているのが目に入った。氷はすっかり溶けて、結露でグラス周りまですっかり濡れてしまっていた。グラスを掴んで一気に飲み干す。ぬるくなった麦茶が喉を通り、胃の形をなぞった。
手の付けていない麦茶がどんどん薄くなっていく横で過ごした時間を思い、また少し身体が内側から火照りだすのを、ゼクシオンは部屋で一人噛みしめるように感じ入った。
Fin.
20200816