夢見鳥の鼓動 - 3/3
「そのうちまた彫ってもいいだろうか」
「ええ?」
眠気も吹き飛んで思わず身を起こしながらゼクシオンは素っ頓狂な声を上げた。咎めるように睨み付けるが、マールーシャは真面目な顔をしている。
「もう立派なの拵えたじゃないですか」
「よく似合ってる。次は何かをあしらってもいいかもしれない」
「貴方ねえ……」
ふざけているのかと思いきや、マールーシャの表情はいたって真剣だった。
「僕のことなんだと思ってるんですか」
悪びれもなく言うマールーシャにゼクシオンはいら立ち声を荒げた。新しい趣味のキャンバスくらいの扱いなのだろうか。
しかしマールーシャは動じずに、真っすぐにゼクシオンを見つめながらこう言った。
「愛しているから」
恥ずかしげもなく告げるマールーシャと、その口から飛び出した予想外の言葉にゼクシオンは反論を忘れて目を見開いた。
「そのしるしを、一つずつ刻んでいきたい」
マールーシャは穏やかにそう言うとまた目線を落としてゼクシオンに施した証に指を這わせた。行為中の傷付けるような触れ方ではなく、まるで大切なものを扱うかのような触れ方にゼクシオンは身震いしてマールーシャの手を乱雑に払いのける。
「どうかしてる」
捨て台詞のようにその一言を絞り出すと、ゼクシオンはぼすんと枕に顔を埋めた。なんて身勝手極まりない言い分だろう。そう思う一方で、彼の放った言葉が不覚にも自分を激しく揺さぶっていた。
彼の手によって自分の身体が徐々に黒く蝕まれていくところを想像した。四肢に、背中に、身体中に。成長し伸びゆく荊棘のように、あるいは巣を張り巡らせる蜘蛛のように、いつか息もできないくらい、彼の施す黒い欲に覆い尽くされてしまう自分を想像した。その深部には、羽を囚われた蝶。
傷痕が疼いた。胸がまたどきどきしている。そんな行く末を、不思議と望む自分がいる。どうかしてる、とゼクシオンはもう一度小さく呟いた。彼も、自分も。
足の付け根がむず痒い。マールーシャが触れているようだ。追い払おうと顔を上げ振り返ると、慈しむように彫ったそれを見つめているマールーシャの目には、未だ劣情の青い炎が揺らめいていた。
20200920